「新說百物語」巻之一 「狐亭主となり江戶よりのぼりし事」 / 巻之一~了
[やぶちゃん注:書誌・凡例その他は初回の冒頭注を参照されたい。
底本は「国文学研究資料館」のこちらの画像データを用いる。但し、所持する国書刊行会『江戸文庫』の「続百物語怪談集成」(一九九三年刊)に載る同作(基礎底本は国立国会図書館本とあるが、国立国会図書館デジタルコレクションで検索しても、かかってこないので、公開されていない)にある同書パートをOCRで読み込み、加工データとして使用させて戴いた。ここに御礼申し上げる。
今回はここから。本篇には挿絵はない。この篇も濁音脱落が多い。ママ注記が五月蠅いが、悪しからず。]
狐(きつね)亭主となり江戶よりのぼりし事
京、からす丸《ま》の上(かみ)に、江戶に棚《たな》[やぶちゃん注:「店(たな)」に同じ。]を出し、每年、京より、一度つゝ[やぶちゃん注:ママ。]江戶へ下る人、あり。
[やぶちゃん注:「からす丸」烏丸通(からすまどおり:グーグル・マップ・データ)。]
あるとし、例(れい)の頃よりは、少々、𨻶(ひま)入《いり》て、京へのほる[やぶちゃん注:ママ。]事、おそくなりけるか[やぶちゃん注:ママ。] 、九月のはしめつかた[やぶちゃん注:ママ。]、思ひもよらす[やぶちゃん注:ママ。] 、亭主、江戶より、のほり[やぶちゃん注:ママ。]ける。
家内の者、母親、女房、大きに悅ひ[やぶちゃん注:ママ。]、風呂なと[やぶちゃん注:ママ。]立《たて》させ、料理、こしらへなと[やぶちゃん注:ママ。]して、もてなしけれとも[やぶちゃん注:ママ。] 、亭主も、壱人の挾箱(はさみはこ[やぶちゃん注:ママ。])もちたる家來も、一ゑん、ものいふ事、なし。
唯、食物《くひもの》はかり[やぶちゃん注:ママ。]喰(く)ひて、亭主も、家來も、臺所へも、出ること、なし。
『兎角(とかく)、所作(しよさ)がら、合点、ゆかす[やぶちゃん注:ママ。] 。』
と、おもひて、其《その》橫町に、親類のありける方《かた》へ、家内、殘らす[やぶちゃん注:ママ。] 、当分、入用《いりよう》の物なと[やぶちゃん注:ママ。] 、持ち行きて、表には、錠(でう)[やぶちゃん注:ママ。正しくは「ぢやう」。]を、おろし、彼《か》の者弐人《ふたり》ばかり、留主《るす》に置きて、出行《いでゆき》ぬ。
毎日、毎日、のそき行きけれとも[やぶちゃん注:総てママ。]、弐人とも、前の所に、すはり居《ゐ》て、飯(めし)など、燒(やく)てい[やぶちゃん注:「體(てい)」。様子。]も、なし。
ある日、江戶の、亭主のかたより、書狀、到來し、
「來月上旬には上京すへし[やぶちゃん注:ママ。]」
と申し來たりけれは[やぶちゃん注:ママ。]、
「すは、かの二人は、狐狸(きつね・たぬき)にてあるへし[やぶちゃん注:ママ。]。打ちころせ。」
と、近所の者、大勢、棒・ちぎり木にて、表をあけ、内へ入れは[やぶちゃん注:ママ。]、弐人の者は、行方もなく、あとに挾箱(はさみばこ)と見えしものは、破(や)れたるこもを、竹に、ゆはへつけたるばかり、殘りたり。
是れ、まつたく、狐の所爲(しよゐ)なり。
近所にて沙汰しけるは、
「此家、むかしより、裏に、古井戶の、ふたして、終《つひ》に汲(く)まぬ井戶、あり。『此ふたを、あくれは[やぶちゃん注:ママ。]、祟(たゝり)あり。』と、いゝ[やぶちゃん注:ママ。]ならはせしが、今年、居《をり》ける男奉公人《をとこほうこうにん》、勝手を知らす[やぶちゃん注:ママ。] して、ちよと[やぶちゃん注:ママ。]、ふたを、あけたり。」
と物語しける。
「此たゝりにて侍るやらむ。」
と、人、申しける。
[やぶちゃん注:「是れ、まつたく、狐の所爲(しよゐ)なり。」と断定して以上、最後の「近所にて沙汰しける」とある附記の話は、後付けの流言飛語の類いである点で、注意が必要である。しかし、この附言によって、この事件自体は、事実あった話であるとする、サイドからの実話性補強ともなっているところにも着目したい。]
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