「新說百物語」巻之五 「ざつくわといふ化物の事」 / 「新說百物語」全電子化注~完遂 附・目録
[やぶちゃん注:書誌・凡例その他は初回の冒頭注を参照されたい。
底本は「国文学研究資料館」のこちらの画像データを用いる。但し、所持する国書刊行会『江戸文庫』の「続百物語怪談集成」(一九九三年刊)に載る同作(基礎底本は国立国会図書館本とあるが、国立国会図書館デジタルコレクションで検索しても、かかってこないので、公開されていない)にある同書パートをOCRで読み込み、加工データとして使用させて戴いた。ここに御礼申し上げる。
今回はここから。この篇も濁音脱落が多い。ママ注記が五月蠅いが、悪しからず。
なお、これを以って「新說百物語」は終わっている。]
ざつくわといふ化物の事
讃刕のかたほとりに、妙雲寺といふ寺あり。
[やぶちゃん注:「妙雲寺」不詳。少なくとも、現在の香川県にはない。]
其寺に、むかしより、
「『さつくわ』といふ化物、あり。」
と、はかり[やぶちゃん注:ママ。]、いゝ[やぶちゃん注:ママ。]傳ヘ、誰《たれ》見たるといふものも、なかりける。
その時の住持を、良賢とかや、いへりける。
其弟子に、良敬といふ若僧ありけるか[やぶちゃん注:ママ。]、博學にして、美僧なりける。
あるとき、良敬、学文《がくぶん》のいとまに、門前にいて[やぶちゃん注:ママ。]ゝ、夕暮、凉み居《を》られける。
蛍の、ふたつ三つ、飛ふ[やぶちゃん注:ママ。]にさそはれて、思はす[やぶちゃん注:ママ。]、壱、弐町[やぶちゃん注:百九~二百十八メートル。]もあるきける所へ、あとより、又々、しつかに[やぶちゃん注:ママ。]あゆみ來《きた》るものあり。
ふりかへりて見れは[やぶちゃん注:ママ。]、やせたる女《をんな》の、色しろなるか[やぶちゃん注:ママ。]、髮、打《うち》みたし[やぶちゃん注:ママ。]てあとより來る。
さしも丈夫なる良敬も、
「そつ[やぶちゃん注:ママ。「ぞつ」。「慄(ぞつ)」。]」
として、立ち歸らんとしたりけるか[やぶちゃん注:ママ。]、彼《か》の女、
「につ」
と笑ひて、
「是れまて[やぶちゃん注:ママ。]來たりたまへは[やぶちゃん注:ママ。]、今すこしにて、我《わが》すむかたなり。御出《おいで》なさるへし[やぶちゃん注:ママ。]。」
と、手をとりて、行かんとす。
良敬は、
『ゆかし。』
と思ひて、彼れ是れする内に、日も、とくと、くれて、物のいろめも見へぬやうに成《なり》たり。
女のいはく、
「この年月の、我思ひ、今宵、はらさて[やぶちゃん注:ママ。]、をくへきか[やぶちゃん注:総てママ。]。」
と、引き立てゆくとおもへは[やぶちゃん注:ママ。]、良敬、夢のことく[やぶちゃん注:ママ。]になり、其後《そののち》は、ものを覚へす[やぶちゃん注:ママ。]なりたり。
其夜、良敬、見ヘさりけれは[やぶちゃん注:総てママ。]、良賢、おとろき[やぶちゃん注:ママ。]、
「あちよ、」
「こちよ、」
と、尋ぬれとも[やぶちゃん注:ママ。]、行きかた、なし。其あけのあさ、四、五町[やぶちゃん注:約四百三十七~五百四十五半メートル。]わきの山際に、たはひもなく、打《うち》ふしたり。
よりて見れは[やぶちゃん注:ママ。]、衣の惣身に、しろき針のことき[やぶちゃん注:ママ。]毛、所々に、付きたり。
夫より、寺へつれ歸り、介抱して、息才《そくさい》には、なりたれとも[やぶちゃん注:ママ。]、折々は、狂気のことく[やぶちゃん注:ママ。]、其女の事のみ、口はしり[やぶちゃん注:ママ。]ける。
良賢、
『口おしき[やぶちゃん注:ママ。]事。』
に、おもひ、別して、祕藏の弟子なれば、我が居間に、壇(たん[やぶちゃん注:ママ。])を、かざり、一七日《ひとなぬか》があいだ[やぶちゃん注:ママ。]、護摩を修《しゆ》せられける。
七日めの夜《よ》、何かはしらす[やぶちゃん注:ママ。]、壇上に落《おち》かゝりたり。
良賢は、取つて、おさへ、脇さしを以て、さし通す。
はねかへさんとする所を、指通《さしとほ》し、指通し、終《つひ》に、化物を、しとめたり。
其形をみれは[やぶちゃん注:ママ。]、おゝきさ[やぶちゃん注:ママ。]は、犬程にて、毛色、しろく、口は、耳きはまて[やぶちゃん注:ママ。]、きれて、背筋に、くろき毛、あり。
何といふけものといふ事を、知らず。
「かの寺の『ざつくわ』といふ化物は、是れならん。」
と、皆人、申《まふし》ける。良賢の名、それより、高く、智行兼備(ちかうけんび)を、うやまひける。
[やぶちゃん注:良敬が妖女に誘われた際に思わず、「『ゆかし。』と思」った時が、変化(へんげ)の妖獣の術に完全に捉われて堕ちた瞬間であった。モデル動物は絶滅したニホンオオカミと四国犬の雑種か?
以下、奥書。]
作物詞
右追而出來
拾遺百物語
明和四亥春
京六角通油小路西ヘ入町
書林 小幡宗左衞門板
新說百物語巻之五終
[やぶちゃん注:ここに宣伝してある「拾遺百物語」は題名からしても本書の続篇らしいが、「続百物語怪談集成」の太刀川清氏の解題によれば、『出版された様子はない』とある。
なお、底本には目録は存在しないが、予告通り、本ブログの読者のために、以下に、本文の表記で目録を配しておく。頭の巻内の番号は「続百物語怪談集成」に拠った(底本では標題番号は打たれていない)。「說」は拘った正字とし、「巻」は底本では総て「卷」ではなく、「巻」なので、統一した。読みは各ブログ標題に合わせ、附さずにおいた。]
新說百物語巻之一 目錄
一 天笠へ漂着せし事
二 狐鼡の毒にあたりし事
三 丸屋何某化物に逢ふ事
四 甲刕郡内ほのをとなりし女の事
五 津田何某眞珠を得し事
六 但刕の僧あやしき人にあふ事
七 修驗者妙定あやしき庵に出づる事
八 夢に見たる龍の事
九 見せふ見せふといふ化物の事
十 狐亭主となり江戶よりのぼりし事
新說百物語巻之二 目錄
一 相撲取荒碇魔に出合ひし事
二 奈良長者屋敷怪異の事
三 天井の龜の事
四 江刕の洞へ這入りし事
五 僧人の妻を盜し事
六 死人手の内の銀をはなさゞりし事
七 光顯といふ僧度々變化に逢ひし事
八 坂口氏大江山へ行きし事
九 幽霊昼出でし事
十 脇の下に小紫といふ文字ありし事
新說百物語巻之三 目錄
一 深見幸之丞化物屋敷へ移る事
二 橫田惣七鷹の子を取りし事
三 縄簾といふ化物の事
四 猿蛸を取りし事
五 僧天狗となりし事
六 狐笙を借りし事
七 あやしき燒物喰ひし事
八 猿子の敵を取りし事
九 親の夢を子の代に思ひあたりし事
十 先妻後妻に喰付し事
新說百物語巻之四 目錄
一 沢田源四郞幽㚑をとふらふ事
二 疱瘡の神の事
三 何國よりとも知らぬ鳥追ひ來る事
四 鼡金子を喰ひし事
五 牛渡馬渡といふ名字の事
六 長命の女の事
七 火災婆々といふ亡者の事
八 仁王三郞脇指の事
九 碁盤座印可の天神の事
十 澁谷海道石碑の事
十一 人形いきてはたらきし事
十二 釜を質に置きし老人の事
新說百物語巻之五 目錄
一 高㙒山にてよみがへりし子共の事
二 女をたすけ神の利生ありし事
三 神木を切りてふしきの事
四 定より出てふたゝひ世に交わりし事
五 肥州元藏主あやしき事に逢ひし事
六 ふしきの緣にて夫婦と成りし事
七 針を喰ふむしの事
八 桑田屋惣九郞屋敷の事
九 薪の木こけあるきし事
十 鼻より龍出でし事
十一 ざつくわといふ化物の事