「新說百物語」巻之二 「死人手の内の銀をはなさゞりし事」
[やぶちゃん注:書誌・凡例その他は初回の冒頭注を参照されたい。
底本は「国文学研究資料館」のこちらの画像データを用いる。但し、所持する国書刊行会『江戸文庫』の「続百物語怪談集成」(一九九三年刊)に載る同作(基礎底本は国立国会図書館本とあるが、国立国会図書館デジタルコレクションで検索しても、かかってこないので、公開されていない)にある同書パートをOCRで読み込み、加工データとして使用させて戴いた。ここに御礼申し上げる。
今回はここから。本篇には挿絵はない。この篇も濁音脱落が多い。ママ注記が五月蠅いが、悪しからず。
なお、「死人」は本文にもルビはなく、本書全体を見ても、他の話でも「死人」に読みは振られていないため、「しにん」か「しびと」かは判らない。「はなさゝりし」はママ。「放さゞりりし」が正しい。]
死人手の内の銀をはなさゝりし事
京東山の、ある寺に、伊六と(しもおとこ[やぶちゃん注:ママ。])いふ下男ありしが、ふと、わづらひて、知るへ[やぶちゃん注:ママ。]の宿へ、さかり[やぶちゃん注:ママ。]て、半年はかり[やぶちゃん注:ママ。]、養生いたしける。
ある時、かの伊六、寺へ來たり、
「もはや、よほと[やぶちゃん注:ママ。]、心よく御座候。歸りて、つとめたし。」
といふ。
住僧のいはく、
「いまだ、いろあひも、あしく、力つきも、うすく見へけるほと[やぶちゃん注:ママ。]に、今しはらく[やぶちゃん注:ママ。]養生して、かへるへし[やぶちゃん注:ママ。]。その方も知る通り、給金の殘りも、五、六拾匁《もんめ》あるなれは[やぶちゃん注:ママ。]、是も、持《もち》かへりて、とくと、養生して、歸るへし[やぶちゃん注:ママ。]。又〻、其上にも、用事あるならは[やぶちゃん注:ママ。]、申すへし[やぶちゃん注:ママ。]。」
と、銀子六十匁、相《あひ》渡しける。
伊六、うけとり、おしいたゝき[やぶちゃん注:ママ。]、
「御なしみ[やぶちゃん注:ママ。]とて、忝《かたじけ》なし。」
と、いふかと思へは[やぶちゃん注:ママ。]、其まゝ、こけて、息、絕へたり。
寺中、おとろき[やぶちゃん注:ママ。]、水なと[やぶちゃん注:ママ。]のませ、
「藥よ、針よ、」
と呼(よひ[やぶちゃん注:ママ。])あつめ、かいほう[やぶちゃん注:ママ。「介抱」は「かいはう」である。]しけれとも[やぶちゃん注:ママ。]、其しるしもなく、其まゝにて、相はてける。
「是非に及ばづ[やぶちゃん注:ママ。]。」
と、宿本《やどもと》へ相知らせ、寺のことなれは[やぶちゃん注:ママ。]、其夜、すくに[やぶちゃん注:ママ。]、寺の墓所(はか《しよ》)へ、はふむりけるか[やぶちゃん注:ママ。]、六十匁の銀子を、いかにしても、握りつめて、はなさず。
色々、すれとも[やぶちゃん注:ママ。]、なかなか、うこかす[やぶちゃん注:ママ。]。
「此銀に、執心の殘りけるものよ。」
と、そのまゝにて、はふむりける。
そのとなりの寺の、重助といふ下男、ありける[やぶちゃん注:ママ。]か、つくつくと[やぶちゃん注:ママ。後半の「つく」は底本では踊り字「〱」。]、おもふやう、
『あたら、銀を、土中(どちう)にうつむ[やぶちゃん注:ママ。]事、せんなき事。』
と、思ひ、其夜、かの墓所に行き、死人を掘(ほり)いだし、銀子をとらんとすれとも[やぶちゃん注:ママ。]、一向に、はなさす[やぶちゃん注:ママ。]。
『所詮、取りかゝりたる事。』
と、おもひ、小刀にて、指を、切りて、其銀を取り、立《たち》かへらむとしたりけれは[やぶちゃん注:ママ。]、彼の死人、
「むつく」
と、おき、大(だい)のまなこを、むき出して、くいつきもせん。
其いきほひ、さしもの重助、きもをつふし[やぶちゃん注:ママ。]、是れも、其《その》まゝ、目をまはして、息、絕へ[やぶちゃん注:ママ。]たり。
あくる朝、住僧、廽向(ゑかう)のため、墓所にいたりて、是れを、見つけ、さまざま、いたはりけれは[やぶちゃん注:ママ。]、重介[やぶちゃん注:ママ。]は、息、出《いで》て、つゝがなかりける。