「新說百物語」巻之二 「僧人の妻を盜し事」
[やぶちゃん注:書誌・凡例その他は初回の冒頭注を参照されたい。
底本は「国文学研究資料館」のこちらの画像データを用いる。但し、所持する国書刊行会『江戸文庫』の「続百物語怪談集成」(一九九三年刊)に載る同作(基礎底本は国立国会図書館本とあるが、国立国会図書館デジタルコレクションで検索しても、かかってこないので、公開されていない)にある同書パートをOCRで読み込み、加工データとして使用させて戴いた。ここに御礼申し上げる。
今回はここから。本篇には挿絵はない。この篇も濁音脱落が多い。ママ注記が五月蠅いが、悪しからず。]
僧(そう)人(ひと)の妻(つま)を盜(ぬすみ)し事
百姓、九郞七といふもの、あり。
高(たか)も、餘程ありて、不自由にもなく、くらしけれとも[やぶちゃん注:ママ。]、質朴者(しつほくもの[やぶちゃん注:ママ。])にて、手づから、田地も作り、夫婦と、六歲になるむすめと、三人、くらしけるが、彼《かの》九郞七、ある時、用事ありて、一夜《ひとよ》、とまりにて、京へ出たり。
其留主(るす)の夜九ツ時[やぶちゃん注:午前零時頃。]、九郞七か[やぶちゃん注:ママ。]家より、火、出《いで》て、燒(やけ)うせり。
六才の娘は、其まきれ[やぶちゃん注:ママ。]に、近所に、うろつきて居たりけるに、母親の事を尋ねしかは[やぶちゃん注:ママ。]、むすめ、いふやう、
「わたくしは、よく、ねいりて居たりしか[やぶちゃん注:ママ。]、誰やらん、表へ、たき[やぶちゃん注:ママ。「だき」「抱き」。]て出たるはかり[やぶちゃん注:ママ。]にて、何も、知らす[やぶちゃん注:ママ。]。」
といふ。あ
くる日、灰を、かきて見けれは[やぶちゃん注:ママ。]、母親の死がいとおぼしくて、燒死(やけしゝ)たり。九郞七、是非なく、葬禮、とりまかなひ、かり屋など、しつらひて、忌中のいとなみをも、しける。
七日たち、八日たちて、二七日《ふたなぬか》[やぶちゃん注:十四日]めに、彼《かの》九郞七、娘をめしつれて、旦那寺へ參りけるが、むすめが、いふやう、
「かゝさまか[やぶちゃん注:ママ。]、あそこから、のそひて[やぶちゃん注:ママ。「のぞいて」「覗いて」。]しや。」
と申しける。
九郞七、聞きて、
『子供心に、何を、いふやらん。』
と思ひて、又々、かへりに、
「かゝさまが、藏の窓から、のぞきてござる。」
と申して、さめざめと、なきける。
九郞七、ふつと、心つくことありて、そのまゝ、娘をつれかへり、近所のもの、壱兩人、やとひて、おもひかけなく、寺へまいりて、有無(うむ)のあいさつもなくて、すぐに、土藏へ行き、二階へあかりけれは[やぶちゃん注:総てママ。]、九郞七か[やぶちゃん注:ママ。]女房、息才(そく《さい》)[やぶちゃん注:漢字はママ。「息災」。]にて、かくれ、ゐたりける。
かの僧、九郞七が女房と、密通して、あられもなき死がいを掘(ほり)おこし、九郞七が家に、火を付《つけ》て、燒死したるやうすにしたるものなり。
「僧の身にて、おもき罪なり。」
とて、成敗ありし、となり。
[やぶちゃん注:これは、猟奇的事件であるが、実録であろう。この僧、女犯(にょぼん)だけでなく、遺体を掘り起こして、遺体偽装をした上、当時、最も重罪とされた火付けをしているので、確実に打首獄門である。
「あられもなき死がい」土葬したてで、未だ腐敗の起こっていない新仏(にいぼとけ)の遺体。]
« 佐藤春夫譯「支那厯朝名媛詩鈔 車塵集」正規表現版 「薔薇をつめば」孟珠 | トップページ | 「新說百物語」巻之二 「死人手の内の銀をはなさゞりし事」 »