「新說百物語」巻之三 「深見幸之丞化物屋敷へ移る事」
[やぶちゃん注:書誌・凡例その他は初回の冒頭注を参照されたい。
底本は「国文学研究資料館」のこちらの画像データを用いる。但し、所持する国書刊行会『江戸文庫』の「続百物語怪談集成」(一九九三年刊)に載る同作(基礎底本は国立国会図書館本とあるが、国立国会図書館デジタルコレクションで検索しても、かかってこないので、公開されていない)にある同書パートをOCRで読み込み、加工データとして使用させて戴いた。ここに御礼申し上げる。底本の本篇はここから。
この篇も濁音脱落が多い。ママ注記が五月蠅いが、悪しからず。
なお、本書には多数の挿絵があるが、「続百物語怪談集成」にあるものをトリミング補正と合成をして使用する。因みに、平面的に撮影されたパブリック・ドメインの画像には著作権は発生しないというのが、文化庁の公式見解である。]
新說百物語巻之三
深見幸之丞化物屋敷へ移る事
備前岡山の近所に、中頃、深見幸之丞といふ武士あり。
常には、詩文をこのみ、きやしや[やぶちゃん注:「華奢」。]、風流の男にて、誰《たれ》も、
「なまぬるき男なり。」
と、若きものは、評判いたしける。
その邊《あたり》に、五、六十年このかた、人の住まぬ化物屋しきあり。
いかなる丈夫なるものも、二夜とはとまらす[やぶちゃん注:ママ。]、迯(にけ[やぶちゃん注:ママ。])歸る所なり。わかき人々、寄會ひ、
「さしものものさへ、ゑ、一宿もせぬ化物屋しき、幸之丞などは、門内へも、はいるまじ。」[やぶちゃん注:「ゑ」は「え」が正しい。呼応の不可能の副詞「え」。]
と申しけるを、幸之丞、きかぬ顏にて、その座を立ちけるか[やぶちゃん注:ママ。]、夫《それ》より、宿へかへり、家内のものにも、かくし、獨(ひとり)、弁当・酒など用意して、彼《かの》化物やしきへ、おもむきける。
誰すむ事もなけれは[やぶちゃん注:ママ。]、門には、錠《ぢやう》もおろさす[やぶちゃん注:ママ。]、たてよせて[やぶちゃん注:壊れた門扉の板を、形ばかりに立て寄せてあって。]、薄月夜にすかして見れは[やぶちゃん注:ママ。]、草、はうはうと、はへ[やぶちゃん注:ママ。]、しげり、屋ねなども、あれはて、緣(ゑん[やぶちゃん注:ママ。])も、かたむき、疊(たゝみ)とても、あらされは[やぶちゃん注:総てママ。]、用意の尻敷(しり《しき》)を取出《とりいだ》して、臺所とおもふ所に、しきて、たはこ[やぶちゃん注:ママ。]を、のみて、居《ゐ》たりしが、秋の末の頃なれは[やぶちゃん注:ママ。]、あれたる庭にふく風も、身にしみて、虫の声、かまびすく、心ほそく[やぶちゃん注:ママ。]おもふ頃、奧のかたより、
「めりめり」
と鳴出《なりいだ》し、
『すは。』
と思ひて、刀、引《ひき》よせ、ゆたんせす[やぶちゃん注:総てママ。]、おくのかたを、見やりたれは[やぶちゃん注:ママ。]、なにかは、しらす[やぶちゃん注:ママ。]、女の声にて、
「たすけて、たすけて、」
と、なき來《きた》る姿を見れは[やぶちゃん注:ママ。]、㒵《かほ》、靑さめて[やぶちゃん注:ママ。]、髮をさはき[やぶちゃん注:ママ。]、拾貫目《じつくわんめ》の銀箱(かねはこ)とみゆるものを、手に持ちて居《をり》けるが、
「くわつくわつ」
と打《うち》て、火、もえ出でたり。
[やぶちゃん注:女の亡霊の持つ「銀箱」には「銀拾貫目入」と書かれいるのは、一寸、御愛嬌か。キャプションは、右幅中央上に、
*
しやうたい
を
あら
わせ
*
左幅に中央下方に、
*
こゝへこい
こゝへこい[やぶちゃん注:底本では踊り字「〱」。]
あら
くるしやくるしや[やぶちゃん注:後半は同前。]
*
とある。]
しはらく[やぶちゃん注:ママ。]あると、又、臺所の釜の下より、是れも、色、靑さめたる[やぶちゃん注:ママ。]男、髮をさはき[やぶちゃん注:ママ。]、繩(なは)にて、帶を、いたし、手に鍵(かぎ)とおほしき[やぶちゃん注:ママ。]ものを持ち、
「こゝへ、こい、こゝへ、こい、」
と、いゝ[やぶちゃん注:ママ。]ける。
幸之丞、刀(かたな)に、そりを、うち[やぶちゃん注:「反りを打ち」。即座に抜くことが出來るよう、刀の鞘(さや) を上向きにして身構えて。]、
「何ものなれは[やぶちゃん注:ママ。]、此やしきに住んて[やぶちゃん注:ママ。]、諸人に[やぶちゃん注:ママ。]迷はし、かゝるわさをするそ[やぶちゃん注:総てママ。]。狐狸(こり)ならは[やぶちゃん注:ママ。]、正躰を、あらはすべし。」
と、
「はた」
と、にらみけれは[やぶちゃん注:ママ。]、二人のもの、少しもさはかす[やぶちゃん注:総てママ。]、
「そろそろ」
と、そは[やぶちゃん注:ママ。]へ來り、
「わたくしとも[やぶちゃん注:ママ。]は、此家につとめし男女の下人にて候ひしか[やぶちゃん注:ママ。]、主人の目を、かすめ、念比《ねんごろ》をいたし、その上に、『土藏にありし銀子《ぎんす》の箱を盗(ぬすみ)出《だ》し、かけおちをいたさん。』と、おもふ所を、主人に見付られ、二人とも、手打《てうち》に合ひ、二所《ふたどころ》にうめられ、我身《わがみ》の罪は、おもはす[やぶちゃん注:ママ。]して、主人の家内を、皆〻、取《とり》ころし、かくまて[やぶちゃん注:ママ。]家は斷絕いたしけるか[やぶちゃん注:ママ。]、そのつみにより、二人とも、今に、うかみもやらす[やぶちゃん注:ママ。]候。あはれ、御慈悲と覚しめし、御とふらひ下されは[やぶちゃん注:ママ。]、ありかたく存申《ぞんじまふ》すへし[やぶちゃん注:ママ。]。」
と、念比に賴みけれは[やぶちゃん注:ママ。]、幸之丞、とくと、聞きとゞけ、仏事、念比にいたしけるが、其後《そののち》は、何のさはりもなかりけるを、大守、きこしめされ、その屋しきを、幸之丞に、下されける。
皆人、幸之丞が常のおこなひとは違《ちが》ひて、此度の、はたらき、其心、勇をかんしける[やぶちゃん注:ママ。]。
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