小野蘭山述「重訂本草啓蒙」巻之六「石之四」中の「禹餘粮」・「太一餘粮」・「石中黃子」
[やぶちゃん注:現在、進行中の『「續南方隨筆」正規表現版オリジナル注附 「南方雜記」パート 鷲石考』に必要になった(というか、「和漢三歳図会」の「禹餘粮」を電子化した関係上、バランスをとるため)ので、電子化する。国立国会図書館デジタルコレクションの弘化四(一八四七)年板行本の当該箇所(ここから)を視認した。最初に、本文そのままのもの(二行割注は【 】で示し、ルビは上附きで添えた)を可能な限り、再現し、後に、私が読み易く手を加えた推定訓読文を示した。注は私が躓いた箇所のみとした。]
禹餘粮 イシナダンゴ【讚州】 ハツタイイシ【同上】 ハツ
タイセキ【土州】 コモチイシ【勢州】
船來和産共ニアリ舶來ノ者大サ一二寸殻ノ厚サ一二分
許甚硬ク黃黑褐色ニ乄打破ハ鐵色アリ其内空虛ニ乄細
粉盈リ又内ニ數隔アル者アリ藥ニハ此粉ヲ用ユ謂ユル
粮ナリ藥舖ニ僞テ殻ヲ賣者アリ冝ク詳ニスベシ其粉白
色或ハ靑白色ヲ良トス又黃色黃白色ナル者アリ只磣セ
ザルヲ擇ブベシ和産ハ和州能州甲州泉州日州薩州筑前
但州江州越中作州其餘諸國ニアリ〔集解〕藤生禹餘粮ハ
土茯苓ナリ草生禹餘粮ハ蒒草ナリ一名自然穀 コウボ
ウムギ又オニゼキシヤウ𪜈云
太一餘粮 イハツボ ツボイシ ヨロヒイシ【阿州】 オ
ニノツブテ フクロイシ タルイシ スヾイシ 〔一名〕
祈闍石【雲林石譜】 天師食【石藥爾雅】 山中盈脂【同上】
舶來ナシ和産諸國ニアリ形狀大小一ナラズ大ナル者ハ
斗ノ如ク小ナル者ハ桃栗ノ如シ禹餘粮ノ形ニ似テ外靣
黃黑褐色質粗クシテ大小ノ砂礫雜リ粘スルヿ多シ雲林
石譜ニ外多粘綴碎石ト云是ナリ其殻堅硬打破トキハ鐵ノ
如ク光アリ裏靣ハ栗殻色(クリイロ)ニ乄滑澤ナリ殻内ハ空ク乄粉
アリ黑褐色ナル者多シ又黃褐色ナル者モアリ全キ者ヲ
用テ一孔ヲ穿チ粉ヲ去テ小ナル者ハ硯滴(ミヅイレ)トナシ大ナル
者ハ花瓶(ハナイケ)トス凡禹餘粮太一餘粮倶ニ初ハ内ニ水アリ後
乾テ粉トナリ久ヲ經テ石トナル其桃栗ノ大サニ乄内ニ
石アル者此ヲ撼セハ聲アリテ鈴ノ如シ故ニ スヾイシ
ト云太一餘粮ハ泉州紀州讃州和州城州木津邊ノ山ニア
リ其中和州生駒山ニ最多シ名産ナリ〔集解〕卵石黃ハ
饅頭イシ ダンゴ石 ダンゴイハ【土州】 ツチダンゴ
形圓ニ乄大抵大サ五六分ヨリ一寸許ニ至ル又長キ者モ
アリ外ハ黃白色ニ乄細土ヲカタメタルガ如ク柔ニ乄碎
ケ易シ中心ニ黑紫色ノ餡(アン)アリテ饅頭ヲ破タル狀ノ如シ
豐前中津房州冰上(ヒカミ)郡防州奥州津輕伯州能州甲州荒
井村武州其外諸州ニ産ス
石中黃子【寇宗奭曰子當ㇾ作ㇾ水】
凡禹餘粮及太一餘粮初ハ中ニ水アリ久ク乄乾テ粉トナ
リ其後又石トナル此石中黃子ハ其初ノ黃水ヲ云時珍ノ
說ニ詳ナリ
○やぶちゃんの書き下し文
禹餘粮(うよらう) 「いしなだんご」【讚州。】・「はつたいいし」【同上。】・「はつたいせき」【土州。】・「こもちいし」【勢州。】
船來・和産、共にあり。舶來の者、大(おほ)いさ、一、二寸。殻の厚さ、一、二分許(ばか)り。甚だ硬く、黃黑褐色にして、打ち破れば、鐵色あり。其の内、空虛にして、細粉、盈(み)てり。又、内に數隔(すうかく)ある者、あり。藥には、此粉を用ゆ。謂ゆる、「粮」なり。藥舖(くすりみせ)に、僞りて、殻(から)を賣る者、あり。冝(よろ)しく詳(つまびら)かにすべし。其の粉、白色、或いは、靑白色を良(りやう)とす。又、黃色・黃白色なる者あり。只(ただ)、磣(ざらざら)[やぶちゃん注:意訓とした。]せざるを擇ぶべし。和産は、和州・能州・甲州・泉州・日州・薩州・筑前・但州・江州・越中・作州、其の餘、諸國にあり。〔集解〕「藤生禹餘粮(とうせいよらう)」は「土茯苓(つちぶくりやう)」なり。「草生禹餘粮」は「蒒草(しさう)」なり。一名「自然穀」。「こうぼうむぎ」、又、「おにぜきしやう」とも云ふ。
太一餘粮(たいいつよらう) 「いはつぼ」・「つぼいし」・「よろひいし」【阿州。】・「おにのつぶて」・「ふくろいし」・「たるいし」・「すゞいし」。 〔一名〕「祈闍石(きじやせき)」【「雲林石譜」。】・「天師食」【「石藥爾雅」(せきやくじが)。】・「山中盈脂(さんちゆうえいし)」【同上。】
舶來、なし。和産、諸國にあり。形狀、大小一(いつ)ならず、大なる者は、斗(と)のごとく、小なる者は、桃・栗のごとし。「禹餘粮」の形に似て、外靣、黃黑褐色。質(しつ)、粗(あら)くして、大小の砂礫(されき)、雜(まぢ)り、粘(ねん)すること、多し。「雲林石譜」に『外、多く粘ずるは、綴碎石(てつさいせき)なり』と云ふ、是れなり。其の殻、堅硬にして、打ち破(やぶ)るときは、鐵のごとく、光り、あり。裏靣(うらめん)は、栗殻色(くりゐいろ)にして、滑澤(かつたく)なり。殻の内は、空(むな)しくして、粉(こな)あり。黑褐色なる者、多し。又、黃褐色なる者もあり。全(まつた)き者を用ゐて、一孔(いつこう)を穿(うが)ち、粉を去りて、小なる者は、硯滴(みづいれ)となし、大なる者は花瓶(はないけ)とす。凡そ、「禹餘粮」・「太一餘粮」、倶に、初めは、内に水あり。後(のち)、乾きて、粉となり。久(ひさし)きを經て、石となる。其の桃・栗の大きさにして、内に石ある者、此れを撼(ふる)はせば、聲(こゑ)ありて、鈴のごとし。故に「スヾイシ」と云ふ。「太一餘粮」は、泉州・紀州・讃州・和州・城州・木津邊(あたり)の山にあり、其の中(うち)、和州生駒山に最も多し。名産なり。〔集解〕「卵石黃(らんせきわう)」は「饅頭いし」・「だんご石」・「だんごいは」【土州。】・「つちだんご」。形、圓(まどか)にして、大抵、大いさ、五、六分より、一寸許りに至る。又、長き者もあり。外(そと)は黃白色にして、細土(さいど)を、かためたるがごとく、柔(やはら)かにして、碎(くだ)け易し。中心に黑紫色の餡(あん)ありて、饅頭を破りたる狀(かたち)のごとし。豐前・中津・房州・冰上(ひかみ)郡・防州・奥州・津輕・伯州・能州・甲州荒井村・武州、其の外、諸州に産す。
石中黃子(せいちゆうわうし)【寇宗奭(こうそうせき)曰はく、『子は、當(まさ)に「水」に作るべし。』と。】
凡そ、「禹餘粮」及び「太一餘粮」、初めは、中(なか)に水あり。久しくして、乾きて、粉となり、其の後、又、石となる。此の「石中黃子」は其の初めの「黃水(わうすい)」を云ふ。時珍の說に詳かなり。
[やぶちゃん注:「冰上(ひかみ)郡」は兵庫県にあった旧郡名。現在の丹波市に相当する。
「甲州荒井村」不詳。
「寇宗奭」宋代の本草学者。彼の著になる「本草衍義」は本草書の名著の一つとされ(一一一九年頃成立)、李時珍は「本草綱目」で、しばしば当該書を引いている。]
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