佐藤春夫譯「支那厯朝名媛詩鈔 車塵集」正規表現版 「戀愛天文學」子夜
[やぶちゃん注:書誌・底本・凡例等は初回を見られたい。本篇はここ。]
戀愛天文學
儂 作 北 斗 星
千 年 無 轉 移
歡 行 白 日 心
朝 東 暮 還 西
子 夜
われは北斗の星にして
千年(とせ)ゆるがぬものなるを
君がこころの天つ日や
あしたはひがし暮は西
[やぶちゃん注:作者子夜は二篇が前出。作者解説はこちらを見られたい。所謂、「子夜歌」の一つ。国立国会図書館デジタルコレクションの『和漢比較文学』(一九九二年十月発行)の小林徹行氏の論文「『車塵集』考」のここによれば、原詩は、「名媛詩歸」及び「樂府詩集」では第一句の「北斗星」を「北星晨」と作るとあり、別に「名媛璣囊」巻一及「古今女史」詩集巻一では「北晨星」に作るとある。但し、所持する岩波文庫の松枝茂夫編の「中国名詩選」の「中」(一九八四年刊)では、「樂府詩集」から採っていると推定されるが、そこでは、ここは「北辰星」となっている。「晨」(明け方になっても一部の星が明るく残っていること)と「辰」は同義ではない。一句の意味から見て、これは松枝氏の「北辰星」(北極星)が正しいように私には思われる。ともかくも、「斗」は佐藤が恣意的に弄っていることが判明する(しかし、「北斗星」の方が躓かないことは確かだ)。松枝氏の形で、以下に原詩と松枝氏の訓読を、一部、参考にして私の訓読を示す。
*
子夜歌
儂作北辰星
千年無轉移
歡行白日心
朝東暮還西
子夜歌
儂(われ)は作(な)る 北辰星(ほくしんせい)
千年 轉移(てんい)する無し
歡(くわん)の行(おこな)ふは 白日(はくじつ)の心たり
朝(あした)は東(ひがし) 暮れには 還(ま)た 西(にし)へ
*
浮気性(うわきしょう)の男に対する怨み節を、北極星の不動と、太陽のくるくる巡る運行に擬えたもの。佐藤の標題「戀愛天文學」は、なかなかに、いいと私は思う。
・「歡」は「愛人」の意。
・「白日」太陽。]
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