佐藤春夫譯「支那厯朝名媛詩鈔 車塵集」正規表現版 「女ごころ」子夜
[やぶちゃん注:書誌・底本・凡例等は初回を見られたい。本篇はここ。]
女 ご こ ろ
宿 昔 不 梳 頭
絲 髮 被 兩 肩
腕 伸 郞 膝 上
何 處 不 可 憐
子 夜
むかし思へばおどろ髮
油もつけず梳(す)きもせず
一たび君に凭り伏して
わが身いとしやここかしこ
※
子 夜 三四世紀。 晉曲で有名な子夜歌の原曲である。 子夜は歌曲の名であって作者の名ではない、といふ說もあるけれども、今はこの曲の作者たる晉の女子の名だといふ說に從ふ。 傳は無論、未詳である。 子夜歌の今に傳はるものは四十二章あるが、玉石相半している。 佳なるものはその體の簡古、情緖の切實、眞(まこと)に秀絕(しうぜつ)で不朽の歌と稱していい。 宜(むべ)なる哉(かな)、李白なども之に學ぶところがあつた。 後人はこの體(たい)に倣つて、子夜四時歌、大子夜歌、子夜警歌、子夜變歌等の體を作つた。
※
[やぶちゃん注:この楽府題で最も知られるのは、李白「子夜吳歌」であろうが、ここにわざわざ注としてしゃっちょっこばって掲げるべきものではあるまい。原「子夜歌」は「楽府詩集」に全四十二首が載る。
・「凭り」「もたり」。
以上の原詩は、所持する岩波文庫の松枝茂夫編の「中国名詩選」の「中」(一九八四年刊)を参考に訓読文と注を示す。
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子夜歌(しやか)
宿昔(しゆくせき) 頭(かみ)を梳(くしけず)らず
絲髮(しはつ) 兩肩(りやうけん)に披(ひら)く
郎(らう)が膝の上に 婉伸(ゑんしん)して
何(いづ)れの處か 可憐ならざる
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・「宿昔」ここは「昨夜」の意。
・「絲髮」寝乱れて、すっかり絡んでしまった髪。
・「郎」男子の二人称。貴方。
・「婉伸」体を嫋(たお)やかにくねらせること。
・「何れの處か 可憐ならざる」松枝氏はこの結句部分の訳を直接話法として、『「ねえ、可愛いでしょ、あたしのどこもかしこも。」』とされておられる。実にお洒落!]
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