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2023/07/08

奇異雜談集巻第四 ㊃產女の由來の事

[やぶちゃん注:本書や底本及び凡例については、初回の私の冒頭注を参照されたい。]

 

   ㊃產女(うぶめ)の由來の事 

 ある人、語りていはく、

 京の西の岡邊の事なるに、二夜(ふたよ)、三夜、產女のこゑを聞くに、赤子(あかご)の泣くに似たり。

「そのすがたを、みばや。」

といふて、二、三人、さとの外に出《いで》て、夜(よ)ふけて、たゝずみ、きけば、一丁[やぶちゃん注:百九メートル。]ばかりひがしの、むぎばたけに、きこえたり。

「火(ひ)をあかして、見ん。」

とて、七、八人をさそふて、弓・やり、おもひおもひの兵具(ひやうぐ)にて、たいまつの衆(しゆ)、四、五人、てわけをして、ゆけば、むぎのすくなき所に、物かけ[やぶちゃん注:ママ。「物影」。]、みえたり。

 近く、四、五間[やぶちゃん注:七・二七~九・〇九メートル。]にしてみれば、人のかたちにて、兩の手を、地(ち)につきて、ひざまづき、ゐたり。

 人を見て、おどろかざるなり。

 みな、

「いころさん[やぶちゃん注:「射殺さん」。]。」

といふを、古老の人の、いはく、

「いること、むよう也。化生(けしやう)の物なるゆへ[やぶちゃん注:ママ。]、死すへから[やぶちゃん注:ママ。]ず。もし、射(い)そこなひ、おとろか[やぶちゃん注:ママ。]さば、あた[やぶちゃん注:ママ。「讐(あだ)」。]をなし、さいしよにたゝりをなす事、あらん。たゞ、みな、歸り給へ。」

といふて、かへるなり。」

と云々。

 此の說、ふしむ[やぶちゃん注:ママ。「不審」。]なり。

 あるひは、世俗にいはく、懷姙不產(くわいにんふさん)して、死せるもの、其のまま、㙒捨《のすて》にすれば、胎内の子、死せずして、㙒にむまるれは[やぶちゃん注:ママ。]、母の魂塊、かたちに化(け)して、子をいたき[やぶちゃん注:ママ。]やしなふて、夜、步くぞ。其赤子のなくを、

「うぶめ、なく。」

といふなり。そのかたち、腰よりしもは、血にひたつて、ちからよはき也。人、もし、これにあへば、

「負(をふ[やぶちゃん注:ママ。])て、たまはれ。」

といふを、いとはずして、負へば、人を福祐《ふくいう》になす、と、いひつたへたり。

 これもまた、そのまことを、しらさる[やぶちゃん注:ママ。]なり。

 唐(から)に「姑獲(こくわく)」といふは、日本の「產女」なり。「姑獲」は鳥(とり)なり。かるがゆヘに、「本草」、「鳥部(とりのぶ)」に、のせたり。その文(もん)にいはく、

『一名は「乳母鳥(にふほてう[やぶちゃん注:ママ。「にゆうほてう」が正しい。])」、いふ。心は、產婦、死し、變化(へんげ)してこれになる。よく、人の子をとつて、もつて、己(をの[やぶちゃん注:ママ。])が子とす。胸前(むなもと)に兩乳(りやうにう[やぶちゃん注:ママ。])あり。』

と云〻。

 是は、人の子を、とつて、我子《わがこ》として、乳(ち)を、のませてやしなふ事、人の乳母(めのと)に似たるゆへ[やぶちゃん注:ママ。]に、「乳母鳥(にうてう)」といふなり。是は、婦人、子、なふ[やぶちゃん注:ママ。「無(な)う」。]して、子をほしがるもの、たまたま、懷姙すといへとも[やぶちゃん注:ママ。]、產することをえず、難產にして、死するときんば、その執心・魂魄、變化し(へんげ)て、とりとなりて、夜、とびまはりて、人の小子(せうし)を、とるなり。

[やぶちゃん注:「ときんば」小学館「日本国語大辞典」によれば、連語で、「時(とき)には」の変化したもの。中古に、漢文訓読に於いて「則」の補読訓読語として発生した。先行する事柄を受けて、その結果、生じる事柄を述べる際に用いる。「……すれば、すなわち、……する場合は」の意。中世には、博士家では、「則」を不読の置字とし、直前に「ときんば」を補読するのに対して、仏家では、「則」を「すなはち」と訓じるという読み分けが見られる。仏教系の「すなはち」は、中世の後半期を過渡期として、博士家方の訓読方にも援用されるようになり、「ときんば、すなはち」という二重訓読が生じているが、後に補読語「ときんば」は順次、駆逐され、近世後期には、「則」の字の訓は、博士家・仏家とも同一の「すなはち」となり、「ときんば」は一般には消滅した、とある。謂わば、古形の語を用いることで、中昔のニュアンスを添えていると言えよう。但し、「ときんば」は、そうした古さを出すために、現行の訓読でも使用されることがあり、私には全く違和感がない。寧ろ、漢籍訓読ではハリを感じさせて、私は好きである。]

 又いはく、「玄中記」にいはく、『一名を隱飛、一名(《いち》みやう)は「夜行遊女(やぎやうゆうぢよ」、よく、人の小子をとつて、これを、やしなふ。小子あるの家には、すなはち、血、その衣《きぬ》に点ずるをもつて、誌(しるし)とす。いまの、時の人、小児の衣を、夜(よる)、露(さらす)ことをせざるは、このためなり。』

と云〻。

 是は、姑獲鳥、夜、隱飛(をんび[やぶちゃん注:ママ。])し、人の家に行(ゆき)て、子をたづぬるに、小児の衣(きぬ)、夜、そとにをく[やぶちゃん注:ママ。]ときんば、その衣にふるゝゆへ[やぶちゃん注:ママ。]に、姑獲の血、その衣に点ずるなり。これをみて、姑獲のきたるしるしと、するなり。姑獲は、產婦(さんふ)、死して、變化(へんげ)なるゆへ[やぶちゃん注:ママ。]に、その身(み)、血におほるゝ[やぶちゃん注:ママ。「溺(おぼ)るる」。]が、日本にも、小児の衣(きぬ)を、夜(よる)、外にほすことを、いむは、此儀なり。

[やぶちゃん注:「西の岡」岩波文庫の高田氏の注に、『現在の京都市西京区上桂以南全域、及び向日市』(むこうし)、『長岡京市一帯。古くから豊かな農村地帯』とある。この中央南北の非常に広い地域に相当する(グーグル・マップ・データ)。

「㙒捨て」同前で、『屍体を埋葬したりせずに、墓所(はかしょ)に野ざらしにしておく葬り方。京都には、蓮臺野、鳥辺野、化野』(あだしの)『の三つの大きな墓所があり、このような方法で行われていた』とある。所謂、風葬である。何故、妊娠女性の遺体をそのように無惨に遺棄するかというと、妊婦は一つの体に二つの生命がある点で、邪気が侵入し易いまがまがしい忌むべき異常死体であるとする、民俗社会の認識が古くからあったからである。

『「本草」、「鳥部」』本邦の漢籍本草書のバイブルたる、明の李時珍の「本草綱目」の「鳥部(てうのぶ)」を指す。巻四十九の「禽之三」の「姑獲鳥」を指す。原文は「漢籍リポジトリ」の同巻[114-28b]を参照されたい(影印本画像有り)が、内容を理解するのであれば、私の「和漢三才圖會卷第四十四 山禽類 姑獲鳥(うぶめ) (オオミズナギドリ?/私の独断モデル種比定)」がよろしいかと存ずる。そこで、十全に注し、他の私の怪奇談集に各記事にもリンクさせてあるので、ここでは、注さない。

「玄中記」上記リンク先の「本草綱目」の「姑獲鳥」の「釋名」・「集解」に引用されている、西晋時代(二六五年~三一六年)の博物誌。後に原本は散逸してしまい、「太平広記」のような類書中に、その抜書が残るのみである。]

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