奇異雜談集巻第二 ㊆江州の三塚小者をきるに順礼の札代に切れし事并山崎の人下人をきれば伊勢の祓箱代にきられし事 / 巻第二~了
[やぶちゃん注:本書や底本及び凡例については、初回の私の冒頭注を参照されたい。]
㊆江州の三塚(みつづか)小者(こもの)をきるに順礼(しゆんれい[やぶちゃん注:ママ。])の札(ふだ)代(かはり)に切(きら)れし事并山崎(《やま》さき)の人《ひと》下人をきれば伊勢の祓箱(はらいばこ[やぶちゃん注:ママ。])代にきられし事
江州、ひがしのこほり、三雲(みくも)の庄(しやう)、山南《やまみなみ》のおくに、一村(《ひと》むら)、あり。村の中に妙感寺あり。
[やぶちゃん注:「三雲の庄」現在の滋賀県湖南市三雲(グーグル・マップ・データ)。]
六角殿、文明年中に、妙感寺に居住(きよぢう)す。數年(すねん)に諸侍(しよさふらひ)、みな、家をつくりて居(お[やぶちゃん注:ママ。])れり。予が父中村豐前守も、家をつくりて、居するなり。
[やぶちゃん注:「六角殿」近江国守護で南近江の戦国大名の六角氏第十二代当主であった六角高頼(?~永正一七(一五二〇)年)。詳しくは当該ウィキを見られたい。
「文明年中」一四六九年から一四八七年まで。
「妙感寺」現存する。ここ(グーグル・マップ・データ航空写真)。
「予が父中村豐前守」これが正しいとすれば、著者の父は六角氏の家臣であり、著者自身も武士であったことになる。]
はうばいに、三塚と云人、あり。すこし、ぶげん[やぶちゃん注:「分限」。但し、ここは「すこし」の形容と、以下から、財力に限りがあったことを言っているかとも思ったが、そういう用法で「分限」は使った例を知らない。されば、やはり少し「金持ち」であったが、異常な吝嗇(けち)で、使用人も二人だけにしていた、という意味であろう。]にして、たゞ、中間(ちうげん)、小者(こもの)、二人のみなり。
ある時、三塚、早朝に小者松若(まつわか)をよぶに、みえず。
中間、門(かど)にいでゝたづぬるに、隣家(りんか)の下女のいはく、
「このへんの小者ども、十人ばかり、『順礼する。』とて、あかつき、ゆけり。それの松若も、さそはれゆくを、『御いとま、申《まふし》てあるか。』と、とヘば、『とても。いとまは御出《おだ》し有《ある》まじきほどに。いとま、こはずに出《いで》候。中間にも、あんない、申さぬ。』と申候つる。」
中間、此よしを、三塚殿へ申せば、
「くせごとよ、くはんたいもの[やぶちゃん注:「緩怠者」。無礼者。]、事をかゝするなり[やぶちゃん注:「言うに事欠いて何を言いやがる!」。]。かへりたらば、くびをきるべし。」
とて、大《おほい》に、いかれり。
三、四十日にして中入(なか《いり》)[やぶちゃん注:休憩。]とて、かへりて、母の家に、ゆきぬ。父はなし。
母の、いはく、
「三塚殿、もつてのほかのふくりう[やぶちゃん注:「腹立」。]にて、『しやうがいさすべし。』とあり。そつじに[やぶちゃん注:軽率に。]、殿へ、ゆくな。」
と、いへば、
「くたびれてあるほどに、二、三日、やすむべし。」
とて、ふしたり。
母、殿へ、ゆきて、内方《うちかた》[やぶちゃん注:三塚の妻。]につきて、わびことを、まうす。
内方、
「そのよしを、いふべし。先(まづ)、かへれ。」
と、いへば、母、宿にかへる。
内方、殿へ、いへば、殿、大にいかり、
「しやつめ。かへりてあるか。しやうがいさせん。」
とて、中間をよびて、
「松若、居《ゐ》たらば、たぱかりて、松原(《まつ》はら)へ、つれてゆけ。我、ゆきて、しやうがいさせん。」
と、いふ。
中間、いはく、
「しやうがいは、あまりふびんの事にて御座候。がいぶん、せつかん、つかまつるべく候。先(まづ)、御ゆるし、あれかし。」
と申せば、目を、いからかして、
「をのれ[やぶちゃん注:ママ。]、代(だい)に、たつべきか。」
と申さるゝほどに、是非に及ばず、やどにゆけば、松若、門(かど)に、たちてゐたり。
「殿へ、わびことを申《まふし》てやるべし。きたれ。」
とて、うちつれ、かの松原へゆく。
[やぶちゃん注:底本の挿絵はここ。]
三塚、きたりて、
「草むらへ、引(ひき)すへよ。」
と、いふて、こしがたなにて、うしろより、けさぎりにきりて、
「氣を散じたり。」
とて、かへる。
中間も、あとにつきて、かへる。
三塚は、すぐに、はうぱいの所へゆき、中間は、内へかへれば。かの母、來りて、内方に、わびごとを、いふ。
内方も、中間も、おなじくいはく、
「はや、それは、たゞ今、しやうがいさせてあるぞ。」
と、いへば、母、いはく、
「宿にくたびれて臥(ふし)候。」
といふ。
「ふしぎの事をいふものかな。それがし、ゆきて見ん。」
とて、母と二人、ゆけば、松若、ぜんごもしらず、臥てゐたり。
中間、おどろひて、かの松原に、ゆきてみれぱ、しがいもなく、血もこぼれず、そのあともなくして、順礼のふだ、一まい、よこすぢかへに、きれて、あり。
中間、札を、ひろひてかへり、三塚殿へ、これをみせて、
「しがい、なき。」
よしを、かたれば、三塚、大におどろき、松原へ、ゆきてみれぱ、その跡なきゆへ[やぶちゃん注:ママ。]に、ふしき[やぶちゃん注:ママ。]なり。
「松若を、ゆるすなり。これより、みのに、ゆき、順礼のけちぐはん[やぶちゃん注:「結願」。]せよ。」
とて、路せんを、つかはして、やる、となり。
[やぶちゃん注:ここで底本も改行している。ここでは一行空けを施しておく。「因記」後の字空けも底本のママである。]
因記(ちなみにしるす) ある人のいはく、山崎に、ある人の下人、いとまをこはず、伊勢參宮をいたす。主人のいはく、
「くはんだいもの。くせ事なり。下向したならぱ、くびをきるべし。」
といふて、大に、いかる。
七日にして、げかうす。
くれほどに、きたりてあるを、主人、手うちにして、しやうがいす。
中間をよびて、
「これを、とをく[やぶちゃん注:ママ。以下同じ。]、すてよ。」
といふ。
むしろどもに、つゝみて、とをく、もてゆきて、すてたり。
翌日、さうてう[やぶちゃん注:「早朝」。]に、かの下人、大道(おほみち)をゆく。
中間、これを見て、おどろき、主人に、此よしを、つぐ。
主人、昨夕(さくせき)、うそぐらきに[やぶちゃん注:ママ。「薄暗い夕刻、確かに」の意。]、きりころす。もし、別の人か、中間、ゆきて、そのしがい、みよ。」
といふ。
中間、ゆきて見れぱ、そのまゝ、からげなから[やぶちゃん注:ママ。「莚にひっからげたまんまに。]あるを、あけてみれば、しがいもなく、むしろに血もつかずして、御祓箱一つ、よこすぢかい[やぶちゃん注:ママ。]に、きれてあるをみて、おどろき、むしろながら、とりて、かへり、主人に見すれば、主人、おどろきて、
「さては。神明(しんめい)の御たすけなり。御祓をきりたる事、おそるべきなり。下人は、ゆるすぞ。」
といふて、料物(れうもつ)をあたふるなり。
[やぶちゃん注:「御祓箱」中世から近世にかけて、伊勢神宮の御師(おし)が、毎年、諸国の信者に配って歩いた伊勢神宮の厄(やく)よけの大麻(たいま:大幣(おおぬさ))を納めた小箱。]
竒異雜談集巻第二終
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