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2023/07/12

梅崎春生「つむじ風」(その8) 「雲走る」

[やぶちゃん注:本篇の初出・底本・凡例その他は初回を見られたい。]

 

     雲 走 る

 

 泉湯から東方二百五十米にあたる空地に、ヤグラみたいなものが立てられ、材木その他が運び込まれ、それからそろそろ本建築が始まっても、泉湯の経営者泉恵之助は、それは風呂屋だということをまだ気がつかないでいた。

 もともと恵之助はのんきでのんびりした性分であるし、近頃は将棋にかわって謡曲に凝(こ)っていて、組合の会合にもほとんど出ないのだから、つい情報をキャッチする機会がなかったのである。

 住宅にしてはバカでかいものが出来つつあるなと、見るたびに思うのだが、そう思うだけで、このバカでかい建物は一体何の用に供されるのかと、疑問をおこすことを恵之助はしなかった。もっともまだそれは骨組みだけだから、それはムリはない。

 恵之助の一人息子竜之助は、相変らずゲイジュツに凝っていた。ゲイジュツに凝るあまりに、しょっちゅう外に出歩いてばかりいて家業の手助けをしようとしない。

 番台に坐れと、むりやりに坐らせても、うつむいて三文小説に読みふけっていたり、女湯の方を横目で見ながら、膝の上のスケッチブックにデッサンをこころみたり、ろくなことはしないのである。

 それに竜之助を番台に坐らせると、どういうわけか、その日のあがりがすくなくなる。だから恵之助が、

「お前、すこしくすねたんじゃねえか」

 と責めても、竜之助は頑として否認する。

「風呂銭をくすねるほど、僕はおちぶれてないよ」

 竜之助は小器用なたちで、ちょいとした画も描くし楽器もひねくるし、こづかいぐらいは結構自分で稼いでいるのだから、そういえばくすねる必要はない。

 どうもお客たちが、

「あの若旦那が番台に坐っている時は、十五円の湯銭[やぶちゃん注:「ゆせん」。]に、五円玉二つ出したって、何とも言わないわよ」

 というような噂がひろがっていて、そこでちょろまかされているらしい。三文小説に読みふけっている時などは、その油断に乗じてタダで入場されている気配もあるのだ。

「ほんとにしっかりして呉れよ。いずれ将来は、お前が泉湯の経営者になるんじゃないか。入湯料をちょろまかされたりして、そのうちに板の間かせぎでもおこって見ろ。伝統ある泉湯の信用にかかってくるぞ」

[やぶちゃん注:「板の間かせぎ」「板の間稼ぎ」。「板場稼ぎ」とも言う。銭湯などの脱衣場で他人の衣服・金品などを盗むこと。また、その者を指す。]

 その日もそうであった。

 恵之助はどうしても昼間から出かけねばならぬ用事があった。

 用事というのは、恵之助が属している謡曲会の仕舞のおさらい会で、夕方から宴会ということになっていた。志之助は入会早々で技量もつたないが、その年配をもって世話人みたいなものにまつり上げられているのである。

 だから朝飯の時、恵之助は息子に言いつけた。

「今日はわしのお仕舞の会だ。今日一日の番台はお前に頼むよ」

「今日はダメなんだよ。お父さん」

 れいによって竜之助は渋った。

「今日はQ劇団公演の初日なんだよ。もう切符も買ってあるんだから、今朝になってそんなことを言い出されても困るよ」

「また西洋芝居か。そんな切符なんか破っちまえ」

 恵之助は厳命した。

「そして今日は一日外に出るな!」

 

 仕舞のおさらい会において、泉恵之助は『熊野(ゆや)』を舞った。

 習いたてで修業も浅いし、五尺九寸五分という長身のひょろひょろ姿であるから、見物の中にはたまりかねてクスクス笑う者もあったが、どうにか間違えずに舞い終ることが出来たのは幸いであった。たくさんの人の前で舞ったのは、これが初めてのことなので、恵之助も大満悦である。

[やぶちゃん注:「熊野」「湯谷」とも書くので、銭湯(湯屋)に音通する洒落であろう。三番目物で各流に残る。作者は未詳。「平家物語」によるもので、平宗盛の寵愛を受けている熊野(ゆや)は、故郷遠江の母が病気なので暇を請うが、許されず、却って清水への花見の供を言い付けられる。酒宴が始まっても、心の浮かぬ熊野は舞を舞うが、俄かに雨が降ってきて花を散らすのを見、「いかにせん都の春も惜しけれど馴れし東の花や散るらん」と和歌をよむ。これを聞いた宗盛は熊野の心を哀れに思い、暇を与えるというもの(小学館「日本国語大辞典」に拠った)。解説と詞章は小原隆夫氏のサイト内の『宝生流謡曲 「熊 野」』がよい。私は未見。]

 おさらいが終って宴会。

 恵之助もいい気分で、大いに飲んだ。

 宴果てて、散会。

 いい気持で夜道を歩く時、近頃いつも恵之助はうなりたい衝動を感じる。覚えたてというのは、たいていそんなものだろう。

 で、この夜も、恵之助は歩きながらうなった。

 

  花咲かば告げむと言ひし山里の、使ひは来たり馬に鞍……

 

 いつも恵之助の目にのぼってくるのは、この『鞍馬天狗(くらまてんぐ)』の一節なのである。

 この一節は、夜道を歩く時に誰でもうなりたくなるものらしく、幕末を舞台にした小説なんかで、岡っ引きを一刀の下にバッサリと切り倒し、それから怒々と立ち去りながら志士がうなるのが、きまってこの一節である。よほど夜道向きに出来ているらしい。

 

  木陰になみゐて、いざ、いざ花を眺めん……

 

 この『眺めん』というところは、謡(うた)う時には引き伸ばして『ナガアアメン』となるのだが、恵之扇のうなり方はあまり上手でないので、最後の『アーメン』だけがきわ立って、まるで牧師さんのお祈りみたいなバタくさい感じとなった。

[やぶちゃん注:「鞍馬天狗」五番目物。五流に現行曲。宮増(みやます)作。鞍馬山西谷の寺からの使いに迎えられて、東谷の僧(ワキ・ワキツレ)が大勢の稚児を連れて花見の宴をしていると、魁偉(かいい)な山伏(前シテ)が闖入してくる。同座を嫌がって、人々が去ったあと、平家一門の稚児たちの中で、孤立の身を嘆く牛若丸(子方)と山伏が残され、牛若丸に同情した山伏は花の名所へと誘(いざな)い、自分はこの山の大天狗であることを明かし、「兵法を伝え、平家を討たせ申そう。」と約して、雲に消える。この二人の場面には、中世特有の同性間の愛情の面影も残る。アイ狂言の、木の葉天狗が出て兵法稽古の場面のあと、花やかに武装した牛若丸が登場し、本体を現した大天狗(後シテ)は、中国の張良の故事を物語り、平家討滅を予言して終わる。能の豪快な演技、演出が可能とした一つの世界であり、古来の人気曲である。最初に出る大勢の花見の稚児で初舞台を踏むのが、能役者の家の子の仕来たりである(小学館「日本大百科全書」に拠った)。解説と詞章は同前の小原氏のサイト内の「宝生流謡曲 鞍馬天狗」がよい。私は未見。]

 でも、恵之助は大満足で、空の月などをあおぎながら、気取ってつぶやいたりした。

「さてさて、この良夜を如何にせん」

 恵之助はまっすぐ家に戻らずに、ちょいと泉湯の扉をあけて、番台をのぞいて見た。今日の仕舞の出来ばえを、竜之助に話してやろうと思ったのである。

 竜之助の姿はそこになかった。番台はからっぽであった。

「お種さん。お種さん」

 板の間の籠などを整理している老女に、恵之助は声をかけた。

「竜之助はどうしたね。御不浄かい?」

「若且那はお出かけになりました」

「出かけた? いつ?」

「夕方からでございます」

「ちくしょう!」

 恵之助の顔に血がのぼった。

「外に出てはいけない、番台に坐っておれと、あんなに言ったのに。番台をほったらかして、西洋芝居になんか行きやがって。それで、何と言ってた?」

「自分がいなくっても――」

 お種さんは番台の方を指差した。

「それがあれば、大丈夫ですって」

 恵之助は番台を見た。そこにはボール紙の空き箱がおいてあって、それに貼り紙がしてあった。

 

  湯銭はこの中に入れて下さい。オツリのいる人は、

 その中からつまんで取って下さい。    泉湯主人

 

「バカにしてやがる!」

 恵之助の額に、太い青筋が二、三本立った。

「何てえことをしやがるんだろう。それで済むもんなら、誰も番台なんかつくりゃしねえ。それに、泉湯主人とはなんだ。主人はこの俺さまじゃねえか!」

 

 泉湯裏の私宅のくぐり戸に、泉竜之助が戻ってきたのは、午前一時に近かった。

 竜之助は一人ではなかった。若い女性と二人連れであった。

 月の光を避けて、くぐり戸のかげで、二人はひしと別れの抱擁をし合った。熱い肩と肩がぎしぎしと触れ合った。二人の肩が熱かったのは、酩酊(めいてい)のせいでもあった。

「あたしたち、不幸ねえ」

 唇が離れると、女は背伸びして、指で竜之助の頭髪をまさぐった。親ゆずりの体格で、竜之助もべらぼうに背が高い。親爺よりも一寸もぬいて、六尺五分もあるのだから、相手の女も爪立ちせざるを得ないのである。竜之助も相手に髪をまさぐらせるために、膝を少し曲げ、猫背になっていた。ナイトとしてのエチケットである。

「ほんとに、あたしたちほど、不幸なものはないわ」

「僕らはその不幸に耐えて生き抜こう」

 竜之助は女の耳に口をつけて、力をこめてそうささやいた。その姿勢をとるために、彼の身体は更に猫背になる必要があった。

「いつまでも闇ばかりはつづかない。そのうちに、きっと夜明けがやって来る。では、おやすみ」

「おやすみなさい。竜ちゃん」

 女の身体は竜之助をはなれると、月夜の影を地面に引きずって、小走りに走り、角を曲ってその姿は消えた。

 竜之助は憂わしげな姿勢で、空をあおいだ。空には明るい月が、しきりに西方に走っているように見えたが、走っているのは月でなく、それを取巻く雲の群であった。雲は白銀色にかがやきながら、東を目指して走っていた。地上のドブには、泉湯から落ちてきた風呂の湯が、湯気を立てながら流れていた。その流れは人間の肌のにおいをぷんぷん立てた。

「ああ、この良夜をどうしよう」

 親爺とそっくりのセリフを竜之助はつぶやき、音のしないようにくぐり戸をあけ、身体を内に入れた。

 親爺に気付かれぬように自分の部屋に戻るのは、毎度のことであるので、竜之助も修練を積んでいた。

 修練を積んで、まるで鼠小僧のように巧妙な忍び入り方をしたが、今夜ばかりは気付かれないというわけには行かない。親爺の恵之助老が、眼を皿のようにして、四辺の様子に気をくばっていたからだ。

「こら。竜之助!」

 自分の部屋に入ったとたんに、背後から竜之助は声をかけられた。恵之助の声は怒りを含んで、低く押さえつけられでいた。

「あれほど言って置いたのに、番台をほったらかして、一体どこに行ってた?」

「芝居です」

 竜之助の呼吸は、酒とヤキトリのにおいがした。さっきの女性とヤキトリキャバレーででも飲んだのだろう。

「何という奴だ!」

 恵之助はじだんだを踏んだ。

「こともあろうに、西洋芝居ごときにうつつを抜かして。一体お前は、泉湯というものを何と考えているのか。泉湯というものがあればこそ、わしたちはオマンマがいただけるんだぞ」

「それは判っています」

 竜之助は部屋の真中に大あぐらをかき、居直った。

「しかし、僕には、僕の自由がある!」

[やぶちゃん注:「ヤキトリキャバレー」新宿西口のやきとり屋「宝耒屋」の公式サイト内の「花のやきとりキャバレー」に、実際に、まさに、この連載の年の初め頃、話しが持ち上がり、「宝来やきとりキャバレー」を開店したとあり、その経緯や様子も非常に細かく記されてあるので、是非、読まれたい。或いは、彼の随筆から見て、梅崎春生自身が、このお店に行った可能性も極めて高いように私には思われるのである。]

 

「自由?」

 泉恵之助はせせら笑った。

「自由たあ何だ。家業をほったらかして、ゲイジュツにうつつを抜かすのが、自由てえのか。一体お前は、わしが死んだら、どうするつもりだい?」

「仮定の問題には、お答え出来ません」

「おや、どこかで聞いたようなセリフだな」

[やぶちゃん注:政治家や官吏がよく質問に対して切り口上で応ずるそれである。]

 恵之助も息子の部屋に入り、穴だらけの障子をしめて、息子と向い合ってあぐらをかいた。

「なあ、竜之助」

 恵之助は調子をかえて、やわらかく、しみじみと呼びかけた。叱るばかりでは反撥をまねくと判断したのだろう。いつの世でも、子にそむかれる父親の気持は、切ないものである。

「なあ、竜之助。ゲイジュツもよろしい。悪いとは言わない。言わないがだ、ものには適度、節度というものがなくてはいけない。ゲイジュツもいいが、それもほどほどにするところに、趣味の趣味たる所以があるのだ。お前のは、すこし行き過ぎだよ」

 竜之助は黙っていた。黙ってはいたが、少々膝を引き寄せて居ずまいを正したところを見ると、その呼びかけが身にこたえたのだろう。恵之助はつづけた。

「今日もお前は、番台を捨てて、自分の身代りに紙箱を置いた。それで正しいと思っているかも知れないが、それは大きな間違いだよ」

「だって、無人スタンド――」

「無人スタンドと風呂屋の番台とでは、性質がちがう!」

 恵之助は声をはげました。

[やぶちゃん注:「無人スタンド」私の家のそばにも古くから幾つかあるが、所謂、農家の自宅の前で、野菜等を無人で売っているあれであろう。]

「番台に坐るということは、単に湯銭を受取るという役目だけじゃない。お客さんたちは十五円で湯を買いに来てるんじゃないよ。気分とか雰囲気、そんなものを求めているんだ。だからそういう雰囲気の要(かなめ)に、番台がある。番台に人が坐っているといないでは、親しみの程度がぐんと違うのだ」

「…………」

「泉湯に入りに来て下さるお客さんは、今のところ、平均一日に六百人だ。銭湯としては、多い方でもなく、少い[やぶちゃん注:ママ。「すくない」。]方でもなく、丁度普通というところだな。その六百人様のおかげで、わしたちは一応不足なくオマンマがいただけるのだ。その六百人が、無人番台のおかげで、ぐんと減少したらどうなる。オマンマの食い上げとなると、ゲイジュツもヘチマもなくなってしまうよ」

「…………」

「ことにお前も知っている通り、わしはこの間から、あの三吉湯の馬鹿オヤジと仲たがいをしている。泉湯のお客さんが減るとなれば、その分のお客は三吉湯に行くだろう。それはとうてい、わしの辛抱出来ることじゃない」

「そ、そのことを――」

 竜之助はどもった。

「僕たちも心配しているのです」

「僕たち? 僕たちというのは、お前と誰のことだ?」

「いや、僕です。言いそこない」

 竜之助はちょっと狼狽した。

「ここから東の方、一町半ばかり行ったところに空地があるでしょう」

「うん。あの。バカでかい家が建ちかけているところか」

「あの家は、猿沢の小父さんが建てているんですよ。あれは、四軒目の三吉湯です」

 

「なに。三吉湯?」

 さすがに恵之助も仰天して、立て膝の姿勢になった。

「あ、あの建物が、三吉湯だと?」

「そうなんだよ。お父さん」

 あわれみと同情のこもった眼付きで、竜之助は恵之助を見た。

「ヤグラが立っているでしょう。あれは掘抜き井戸を掘るんだって」

「ちくしょうめ!」

 膝をがくがくふるわせながら、それでも掌で心臓を押さえたりして、恵之助は落着こうとあせっていた。猿沢三吉と鮨(すし)屋で大喧嘩した時もそうだったが、近ごろ恵之助は立腹をすると、すぐに心悸亢進(しんきこうしん)をおこす癖があるのである。

「一体お前は、それをどこで聞いて来た?」

「うん。その、あの――」

 心之助はまた狼狽の気配を見せた。なにか狼狽するような理由があるらしい。

「ど、どこからというハッキリしたもんじゃなくて、何となく耳に入って来たんだよ」

「そうか。あれは三吉湯か」

 立て膝をあぐらに戻して、恵之助は腹立たしげにつぶやいた。

「つい近くまで行くおりがなく、遠くから見ていただけなんだが、そうか、ふつうの店にしては、少し大き過ぎると思ってた。三吉の野郎め、あくまでわしに挑戦して来る気だな!」

 今までは、泉湯と三軒の三吉湯は、客の配分がうまく均衡がとれていたのだが、あの空地に更に一軒新築されては、たちまちその均衡は破れることになる。二百五十米ぐらいの近接場所につくられては、迷惑もはなはだしい。

 竜之助が訊(たず)ねた。

「あそこに三吉湯が出来ると、うちのお客は減るかしら」

「そ、そりゃ減るだろう」

 自分の手首の脈をはかりながら、恵之助は答えた。

「泉湯はシニセだから、固定のお客さんはいるが、なにしろ新築というと、設備もいいだろうからな。わしんところから最低二割は減るだろう」

「二割?」

 竜之助は胸算用をした。

「じゃ、うちのお客、一日五百人を割るね」

 恵之助はこめかみをビクビクさせながら、黙っていた。黙って何か考え込んでいた。

 あの空地に三吉湯を新築されても、恵之助は法的に抗議することは出来ないのである。既設の浴場から二百米以内の地点には新築出来ないが、二百米以上だったら、自由に開業出来るということになっているのだ。組合に提訴してもおそらくラチはあくまい。

「いつの間にあの土地を、手に入れやがったんだろう」

 恵之助は忌々(いまいま)しげにぼやいた。

「なにもかも計画的だったんだな」

「どうにかして、取り止めさせる方法はないの?」

 我が家の二割減収は、いずれは竜之助にもひびいてくることゆえ、竜之助の声音にも真剣味が加わった。

「ない!」

 恵之助ははき出すように言った。

「それは道義の間題だ!」

 心臓を押さえたまま、恵之助はよろよろと立ち上った。胸の動悸がゴトッ、ゴトッと大きく鳴り始めたのだ。

 

 翌朝、泉恵之助ははやばやと起き出で、顔をざぶざぶと洗い、神棚に合掌し、それから竜之助の部屋をちょっとのぞいて見た。障子は穴だらけだから、わざわざ障子をあけなくても、らくにのぞけるのである。

 竜之助はまだ蒲団の中で、ぐうぐうと大いびきで眠っていた。

 相変らず部屋の中は乱雑をきわめているが、服だけはハンガーにかけられ、きちんと壁にぶら下っていた。

「しみったれたズボンだな」

 恵之助はにがにがしげにつぶやいた。

「何とまあ生地(きじ)を節約したもんだろう。あんなズボン、昔なら、俥引(くるまひ)きか田植の土百姓[やぶちゃん注:「おんびゃくしょう」と読んでおく。]しか穿(は)かなかったもんだ。いい若い者が、どうしてあんなものを穿く気になるのか」

 恵之助も五十の坂を越したのだから、マンボ族の心理を忖度(そんたく)しかねるのも、ムリはない。

[やぶちゃん注:「マンボ族」「男子専科 official (日本最古の男性ファッション誌) archives」のサイト「年代別『ファッション族』物語:マンボ族のシンボル」の『50年代「マンボ族」1952~1957』に、『音楽の流行から生まれた戦後初のファッション族、それがマンボ族だ。マンボはもともとペレス・プラードが、ルンバにキューバのリズムを加えて作り出したラテン・アメリカ音楽のひとつで、ペレス・プラード楽団の「マンボNO.5」や「セレソローサ」などのヒットによって世界的に大流行した。「ウーッ!」という掛け声が特徴のこのラテン音楽に乗って踊りまくる若者たちがマンボ族で、日本では』昭和三〇(一九五五)年(本篇連載の前年)、『マンボブームのピークを迎えている。本来のマンボスタイルはバンドマンたちのステージ衣装を模したもので、極端に肩幅の広いジャケットに、これまた極端に裾がすぼまったパンツを合わせるスタイルが特徴的だったが、一般にはそのパンツが「マンボズボン」として広まった。股上が深くとられ、腰のあたりはゆったりしているが、裾に向かうにつれて急速に細くなるこのパンツは、まさしくマンボ族のシンボルとされたものだった』とある。]

 恵之助はふところ手のまま、くぐり戸をくぐり、ぶらりと外に出た。肩をそびやかすようにして、すたすたと東の方に歩いた。一町半[やぶちゃん注:百六十三半メートル。三吉が法的に可能ギリギリの位置で建設しようとしていることが判る。]ほど歩くと、れいの角の空地に出た。

 空地といっても、すでにヤグラや柱が立てられ、材木や鉄筋が山と積まれている。

 恵之助は材木の山に登ったり、ヤグラの中をのぞいたり、だんだんその表情が険(けわ)しくなってきた。

「うん。これはたしかに風呂屋に違いない。今まで気が付かなかったとは、すっかりわしの不覚だった」

 材木の上から、諸方角を展望しながら、恵之助は険しい声でひとりごとを言った。

「あそこが掘抜き井戸で、ポンプがそこで、こちらが焚き口で、すると煙突がここらあたりになるな」

 曲りなりにも風呂屋の主人だけあって、一目見ればそのくらいのことは、恵之助にも判るのである。

「しかし、思ったほど大規模な風呂屋でもないな。でも、規模は小さくとも――」

 恵之助は手を額にかざして、四方の屋並を遠望した。

「あそこらに近ごろ、小住宅がワンサ出来たな。あそこの連中がこの風呂屋に入る。その他に、わしんとこのお客の最低二割――」

 恵之助は額から手をおろして、腕を組んだ。二割お客が減ると、収入が二割減る。人件費や物件費は元のままだから、実収入は更にぐんと減る勘定だ。うっかりすると、オマンマの食い上げになりかねない。

「さて、どうしたものか」

 恵之助は首をかたむけた。るいるいたる材木の堆積(たいせき)の上で、五尺九寸五分[やぶちゃん注:一メートル八十センチ二ミリ。因みに、梅崎春生自身、背が高かった。]という長身の老人が、腕組みをして首を傾けているさまは、まことに奇観であった。

「どうにかして、この建築を阻止しなければ――」

 かたむけた首を元に戻し、恵之助はその首をうしろに振り向けた。自動車の警笛が聞えたからだ。

 道路のかなたから、小型のオンボロ自動車が、がたごとと近づいてくる。それはそこの曲り角で、がたんと停止した。運転席の扉があけられて、肥った男の首がのぞいた。

「誰だっ! その材木にのぼっているのは!」

 それはまさしく猿訳三吉であった。三吉はごそごそと運転席から這い出して、恵之助をにらみ上げた。

「誰だっ。そこにいるひょろ長い奴は!」

 

 材木の上にいるのが泉恵之助だと、猿沢三吉は知って怒鳴ったのではない。

 三吉の位置から見ると、丁度(ちょうど)恵之助の頭のうしろに、ぎらりと上りかけた朝の太陽があって、そのために顔かたちがはっきりしなかったのだ。鉛筆みたいにひょろ長い身体の恰好[やぶちゃん注:「かっこう」。]が見えただけである。

「誰だ。降りて来い!」

 三吉は威嚇的に拳固をふり上げた。こともあろうに大切な材木を、土足にかけられたのが面白くなかったのだ。

「朝っぱらから、そんなところに登って、さては何だな、材木泥棒をやる気だな!」

「人聞きの悪いことを言うな!」

 つけつけと怒鳴られて、恵之助もむかむかっとした。近くに風呂屋を建てられることだけでもシャクのたねなのに、その上雑言[やぶちゃん注:「ぞうごん」。]を浴びせかけられるなんて、引き合った話ではない。

「材木泥棒とは何だ。泥棒とはだな、教えてやるが、夜やるもんだぞ。おテント様のまっ光りの下で、泥棒が聞いて呆れらあ。この山猿!」

「なんだと。山猿だと?」

 三吉はあわてて額に掌をかざし、材木上の人物の顔をたしかめた。

「ふん。誰だと思ったら、泉湯か!」

「いかにも泉恵之助だ」

 謡曲できたえた声で、恵之助は気取って答えた。

「この泉恵之助に、何か文句でもあるのか」

「降りて来い!」

 三吉はじだんだを踏んだ。

「他人の地所に無断で押し入り、その上に大切な材木を、土足にかけるとは何ごとだ」

「ケチケチするな。何だい、こんな安材木!」

 恵之助は土足のまま、わざと材木の上で足踏みをした。

「ずいぶん値切って買ったと見えるな。どの材木を見ても、節(ふし)だらけだぞ」

「降りて来い!」

 たまりかねて三吉は、材木の下にかけ寄り、両手に力をこめて、材木の山を揺すり始めた。

「降りて来なきゃ、引きずり落してやるぞ」

「降りるよ。降りるよ」

 材木がぐらぐらと動き始めたものだから、さすがに恵之助も悲鳴に似た声を出し、思わず中腰になった。

「降りるから、材木を揺すぶって呉れるな」

「早く降りろ」

 三吉は材木から手を離した。恵之劾は中腰のまま、材木を一段ずつ、用心深く踏んで降りて来た。地面を踏んだとたんに、恵之助は腰をしゃっきりと伸ばし、元気になった。

「降りりゃいいんだろ、降りりゃ。何でえ、安材木を踏まれたぐらいで、四の五のとわめきやがって」

「安材木で悪かったねえ。お前さんのお世話にゃならないよ」

 三吉はにくにくしげに顎(あご)を突き出した。

「おれの金で、おれが材木を買い、そしておれが建てるんだ。お前さんからつべこべとケチをつけられる謂(い)われはない」

「そ、そんなことを言っていいのか!」

 恵之助の額に青筋が三本ばかり立った。

「自分で金を出せば、どこに何を建ててもいいと思っているのか?」

「何が悪いんだ!」

 

 三吉もわめき返した。

「三吉湯をもう一軒殖やすのに、一々誰かにことわらなきゃいけないのか」

 猿沢三吉は怒鳴った。

「お前さんのとこから、ここは二百四十七米離れている。ちゃんと計ったんだぞ。二百米以内なら文句も出ようが、二百米以上離れているんだから、つべこべと文句を言われる筋合いはない!」

「法規に合いさえすれば、何をしてもいいと言うのか」

 恵之助は額の青筋を、更に一本殖やした。

「そりゃ二百四十七米ぐらいは離れているだろう。しかし、離れているからといって、黙って建てる法はあるまい。いいか。ここから二百四十七米へだてた彼方に、わしという人間が、泉湯というれっきとした風呂屋をやっているんだぞ。それに一言のあいさつもしないで、こそこそと新築しようなんて、一体お前さんはどんな料簡(りょうけん)だい。将棋でいえば、卑怯千万な待ち駒だぞ!」

 近頃将棋は指さないのだが、中毒するほど好きな道だったこと故、ついそのたとえが出た。

[やぶちゃん注:「待ち駒」将棋で相手の王将の逃げ道を予測して、先にその道をふさぐように金や銀などの自分の駒を打って事前に封鎖しておくこと。また、その駒を指す。]

「待ち駒だと?」

 三吉も眉をつり上げた。将棋でたとえられると、三吉も身に力が入る。

「待ち駒なんかであるものか。じゃ、お前さんのやり方は何だい。今頃になってあれこれケチをつけて来るのは、将棋で言えば、待った同然じゃないか。わしのやり方は、正正堂々たる王手なんだぞ!」

「王手?」

 恵之助の全身は怒りに慄(ふる)え、両掌はおのずから拳固の形になった。

「王手と言ったな。さてはなんだな。お前がここに新築するのは、それで稼ごうというよりも、わしんとこに打撃を与えようという魂胆なんだな」

「そんなケチな魂胆は持たん!」

 三吉も両掌を拳固の形にした。

「わしはただ、三吉湯の発展を目指している。それだけだ」

「じゃ何故、新築するについて、わしんとこにあいさつに来ない?」

 恵之助は詰め寄った。

「一言あいさつに来れば、頼むと頭を下げれば、わしも別に文句は言わない。人間には、仁義というものがあるんだぞ。仁義を知らない奴は、もうそれは人間じゃない。鶏だ!」

 山猿から一挙に鶏にまで下落したので、三吉もいきり立った。

「鶏だと。言いやがったな。わしが鶏なら、お前は何だ。ゾーリ虫か?」

「ふん。まだあのことを根に持ってやがるんだな」

 恵之助は鼻の先で冷笑した。

「そんなに口惜しかったのか。このチャボ」

「チャボ?」

「肥って背が低けりゃ、チャボにきまっている」

「ふん。ゾーリ虫のクルクルパア!」

 三吉は肩をそびやかして、自動車の方に戻りかけた。口惜しがっているのは向うであることは判っていたし、それにそろそろ人だかりがして来たからだ。それはそうだろう。六尺の男と五尺の男が、朝っぱらから口角泡を飛ばしてののしり合っているのだから、これは人だかりするにきまっている。その背後から、恵之助は怒鳴りつけた。

「仁義知らずの外道(げどう)野郎め! そのうちに、きっと思い知らせてやるぞ!」

 

 泉恵之助の罵声を背中に聞き流して、猿沢三吉は運転席に這(は)い込み、ドアをがちゃんとしめた。窓ガラスをするするとおろし、頭をつき出して怒鳴り返した。

「また材木を踏みつけると、承知せんぞ。このゾーリ虫野郎!」

「何を言いやがる。放射能にあたって死んじまえ!」

 三吉もまた何か怒鳴ろうとしたが、思い返してアクセルを踏んだ。おんぼろ自動車はがたんと揺れ、がたごとと動き出した。見る見る遠ざかり、角を曲って姿を消した。

[やぶちゃん注:「放射能にあたって死んじまえ!」この直近(本連載は昭和三一(一九五六)年三月二十三日開始))で深刻な放射の汚染を起こしたものは、一九五四年三月一日に太平洋諸島のアメリカの信託統治領マーシャル諸島・ビキニ環礁で行われた、よく知られる、水素爆弾による大気圏内核実験「ブラボー実験」(Castle Bravo:「キャッスル作戦」(Operation Castle)内の一つ)で、当該ウィキによれば、『この実験による放射性降下物はロンゲラップ環礁とウチリック環礁を中心に降り注ぎ、住民は避難が』三『日後となったために放射線障害に苦しむこととなった。また、日本の漁船「第五福竜丸」の乗組員』二十三『名も放射性降下物に汚染され、急性放射線症候群を訴えた』(実際には他の複数の漁船の乗組員も被爆していたことがずっと後に確認されている)。『ブラボー実験を契機として、世界的に大気圏内での核実験に対する反対運動が盛り上がりを見せた』とある。]

 

 恵之助は忌々(いまいま)しげに唾を地面にはき、ついでに右足で力をこめて材木を蹴り上げた。ところが蹴りそこなって、向う脛(ずね)を材木の角にしたたか打ち当て、悲鳴を上げながら、そこにしゃがみ込んだ。

「イテテテテ!」

 三吉の自動車は街中を揺れながら、上風タクシー事務所に進んでいた。時々速力がにぶったりしているのは、三吉がブレーキをかけるからであった。何故必要もないのに、しばしばブレーキをかけてみるかというと、数日前からブレーキの具合が悪くて、試験しているのであった。

(買ってまだ半年も経たないのに、ブレーキの調子が悪くなるなんて、上風徳行もとんだくわせものを摑ませやがったな)

 ハンドルを切りながら、三吉は考えた。

(もっとも三万円という安値だからな。それぐらいは我慢すべきだろうな)

 恵之助は顔をしかめ、びっこを引き引き、自宅の方に戻りつつあった。泉湯のそばを通る時、泉湯の中から、桶を積み重ねる音や、水を流す音などが聞えて来た。お種さんの指揮によって、朝の掃除が始まったのだろう。それらの音は、高い天井にがらんと反響して、本来ならば恵之助にすがすがしい気分をおこさせる筈だったが、この朝ばかりはそうでなかった。

(まごまごしていると、この伝統のある泉湯も、閉鎖ということになるかも知れないぞ)

 くぐり戸をくぐりながら、そんな不吉なことを恵之助は考えた。

(いやいや、そんなことは出来ない。それでは御先祖さまにあい済まない。どんなことがあっでも、泉湯はつぶしてはならない。どんなことがあっても!)

 伜(せがれ)の竜之助は玄関脇の空地で、上半身裸体となり、エキスパンダー、手製のバーベルなどを使用して、朝の行事のボディビルをやっていた。竜之助は自分のボディビルを『自分の美意識を自分の肉体に還元しようとするゲイジュツ的造形のひとつの実践』だなどと吹聴(ふいちょう)していたが、なに、その実は、自分のひょろひょろ姿が恥かしくて、幾分なりともこれで胸囲を拡げようという、可憐な努力の実践なのであった。

 玄関の扉に手をかけ、伜のその姿を横目で見ながら、恵之助は不機嫌な声で言った。

「またそれをやってるのか。そんな暇があるなら、泉湯に行って、粉炭運びでもしたらどうだい」

[やぶちゃん注:「粉炭」「こなずみ」と訓じておく。木炭が砕けて細かくなったものを指す。「ふんたん」とも読むが、その場合、燃料や練炭製造に使う、粉状又は細粒状の石炭を言い、それは、通所は一センチメートル前後の小塊までに限られるので、銭湯の着火補助は前者であろうと踏んだ。]

 恵之助はボディビルが大嫌いであった。何故嫌いかと言うと、全然ムダであり、能率的でないからであった。どうせエイエイと力を出すのなら、粉炭を運ぶなり、荷車を引くなりの方が、はるかに実生活の役に立つのである。

「粉炭運びはイヤだよ。真黒になるもの」

 竜之助は、バーベルをおろしながら、父親の右足を見た。

「足はどうしたの。ビッコなんか引いてさ」

 

「うん。こ、これはちょっと――」

 泉恵之助はいくらか狼狽して、着物の据をまくった。

「ちょっと打ちつけたんだ。向う脛(ずね)を」

 右足の向う脛の一部が紫色に変色し、わずかながら血も滲み出ていた。恵之助は不興気にそれを眺め、裾をおろした。

「さあ、朝メシにしよう」

 竜之助はバーベルやエキスパンダーを始末し、親爺につづいて玄関を上った。茶の間には朝食の用意がすでにととのっていた。小女が味噌汁と牛乳を台所から運んで来た。

「イテテテ」

 チャブ台の前に坐る時、恵之助はまたしても悲鳴を上げた。

「ちくしょうめ、あの三吉の野郎!」

「朝っぱらから、どこの散歩に行ったの?」

 トースターにパンを突っ込みながら、竜之助が訊ねた。

「ああ、判った三吉湯の新築場でしょう」

「そうだ」

 恵之助は不機嫌にうなずいて、味噌汁の蓋(ふた)を取った。息子がトーストに牛乳に目玉焼、親爺が銀メシに味噌汁にお新香というのだから、泉家の朝食というのは、毎朝たいヘん手数がかかるのである。

「そこで転んだんですか?」

「転んだんじゃない」

 恵之助はワカメの味噌汁に口をつけた。

「わしはまだ転ぶような齢じゃない。蹴りそこなったのだ」

「誰を? 三吉小父さんを?」

「三吉小父さんなんて呼ぶんじゃない。三吉のクソ爺と呼べ!」

 はなはだ教育的でない発言を恵之助はした。

「材木だ」

「材木?」

 竜之前は失笑して、牛乳にむせた。

「材木を蹴ろうとしたんですか?」

「笑うな!」

 恵之助は気分を害して、息子をにらみつけた。

「材木を蹴っては悪いのか?」

「悪いとは言いません。言いませんし、また材木を蹴りつけようというお父さんの気持も、よく判りますが――」

 トースターから出て来たトーストに、バターをなすりつけながら、

「僕のボディビルを、全然ムダで非能率的だと、お父さんはいつも言うじゃないの。そのお父さんが材木を、生命のない材木を、いくら三吉小父さん、いや、クソ爺の所有物だとはいえ、足蹴にするなんて、全然ムダ――」

「全然ムダでない!」

 恵之助は息子の発言を封じた。

「足で蹴れば、材木だってすこしは凹(へこ)む。凹めばそれだけ向うの損害だ」

「そのかわり、こちらの下駄も凹むでしょう」

 竜之助も理窟では負けていない。

「下駄が凹むだけでなく、現実には蹴りそこなって、向う脛が凹んだでしょう。何か薬をつけとかないと、化膿すると大変だよ。化膿すればペニシリン。ペニシリン打てば、ペニシリンショック――」

[やぶちゃん注:本小説は本篇は昭和三一(一九五六)年三月二十三日附『東京新聞』で連載が開始され、同年十一月十八日附同新聞で完結しているのだが、恐らくは、ペニシリンの感染症対策の万能性が信じられ、値段も安くなったこの頃、まさに本篇の連載中に発生して、世間に恐怖を与えたペニシリン・ショック死があった。昭和三一(一九五六)年五 月のことであった。『医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス』(Pharmaceutical and Medical Device Regulatory Science)第四十七巻第二号(二〇一六年)の『薬事 温故知新』第七十四回の土井脩氏の「ペニシリンによるショック死事件」PDF)によれば(ピリオド・コンマを句読点に代えた)、『東京大学法学部教授が抜歯後の化膿止めの目的でペニシリンの注射を受け、その直後に胸苦しさを訴え、そのまま意識不明となり死亡した。被害者の社会的地位が高かったため、マスコミが大々的に報道したことにより、ペニシリンショックが国民に広く知られるようになった。その後の厚生省の調査により』一九五三年から一九五七年の『間に』、実に千二百七十六『 名がショック発現し、うち』百二十四『名が死亡していることが明らかになった』とある。梅崎は連載中のショッキングなこの事件を、アップ・トゥ・デイトに竜之助に語らせたのであった。]

「よくぺらぺらとしゃべるな。お前という男は」

 恵之助はにがい顔になって、ツクダ煮をつまんだ。

「事態はさし迫っているんだぞ。吞気なおしゃべりをしている時でない」

 

 朝食が済んだ。

 泉恵之助は煎茶(せんちゃ)の茶碗を口に持って行きながら、同じくジュースを飲んでいる息子の竜之助に、しみじみと話しかけた。

「なあ。こうなれば、わしも相当の覚悟をきめねばならないぞ」

 恵之助は煎茶を一口、旨(うま)そうに含んだ。

「三吉湯の馬鹿オヤジが、我が泉湯に対して大攻撃をかけてくる日が、目前に迫っている。それに対処するために、こちらもいろいろ準備をととのえなければならない」

「準備?」

「そうだ。準備だ」

 恵之助はまた煎茶をすすり、煙草に火をつけた。

「今朝、あの新築の状態を見て来たが、規模という点では大したことはない。しかし、新築は新築だからな、設備も新式になるだろうし、木口が新しいということが最大の魅力だ。それに対抗するためには、泉湯としてはどうしたらいいか。サービスだ」

[やぶちゃん注:「木口」ここは「こぐち」ではなく、「きぐち」と読む。それで「建築用材の等級・性質」を指す語となるからである。]

「…………」

「サービスによって、客足をつなぎとめる他はない。そのためにはだね、ラジオやテレビ、蓄音器なんかもいいと思っている」

「テレビはいいね。テレビ」

 竜之助は賛意を表した。

「番台の前に置いて呉れれば、僕だって喜んで番台に坐るよ」

「番台の前に置いて、何になるんだ。お客さまに見せるんだよ」

 恵之助は息子をたしなめた。

「ところがだね、組合の申合せで、ラジオ、テレビ、そんな種類のサービスはお互いに一切遠慮しようという項目があるんだ。しかし、四軒目の三吉湯が出来るとなれば、こちらも背に腹はかえられない」

「組合から文句を言って来たら、どうするの?」

「その時は、組合を脱退する!」

 恵之助はどしんとチャブ台を叩いた。

「同じ条件で、新湯と古湯と競争せよなんて、そりゃムリな話だ。わしは最後の手段として、湯銭の値下げまでも考えているんだ。湯銭を値下げすれば、客はきっと殖えるだろう」

「値下げして、採算が取れるの?」

 竜之助は心配そうに口をはさんだ。

「それに、こちらが値下げすれば、三吉湯でも同じことをしないかしら?」

「それは大丈夫。大丈夫だろう」

 恵之助の声は慄え[やぶちゃん注:「ふるえ」。]を帯びた。

「三吉湯と泉湯とでは、すこし条件が違うのだ。たとえば、燃料だな。三吉湯では高価な石炭を使用している。ところがわしんところではで、バーナー式の燃焼機を使ってるから、安い粉炭で沸(わ)くんだ。また三吉湯は、井戸と水道の併用だが、うちは井戸だけで間に合う。使用人にしてもだ、うちは男衆が二人、女中が三人、それだけでやっている。三吉湯はそれよりも多い。したがって人件費が余計かかる。あんなやり方では、湯銭の十五円はどうしても取らなきゃ、採算は取れない。人件費、税金、償却費――」

「うちじゃ、どの程度まで値下げ出来るの?」

「うん。それが問題だ」

 恵之助は煙草をすりつぶして、腕を組み、憮然(ぶぜん)として言った。

「わしたちの生活費の問題もあるしな。最悪の場合は、お前にもゲイジュツは止めて貰って、働いて貰うということになるかも知れないぞ」

 

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