佐々木喜善「聽耳草紙」 一四五番 五德と犬の脚(二話)
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここ。]
一四五番 五德と犬の脚(其の一)
昔、天神樣は爐の五德には脚を四本與《あた》へ、犬には三本しか吳れなかつた。ところが五德は一本の脚をエレジ(邪魔)がつて、ひどく粗末にした。
天神樣はこれを見て、あの五德の奴は無作法だと云つて怒つた。そして五德から脚一本を取返《といかへ》して犬に接着(クツツ)けてやつた。それから犬は今のやうに早く步けるやうになり、五德は少しも步けなくなつた。
そこで犬は天神樣から貰つた脚が勿體《もつたい》ないとて、今でも其脚をちよんと持ち上げて、小便をするのだと謂ふ。
(其の二)
昔、弘法大師樣が諸國を行脚なされて居た頃は、犬の脚は三本しかなかつた。そして爐《いろり》の中にじつとして居る今の五德には脚が四本あつて、その頃は名前も四德と呼んでおつた。
大師樣はこの自分で動くことを知らない四德の脚を三本にして、その一本を夜晝走《はせ》せて步きたがる犬に足《た》してくれた。犬は大層ありがたがつて、大師樣から貰つた脚をば尊いからと小便をする時にはチヨンと持ち上げた。御覽なさい今でもそれをやつて居るから…
又脚をとつた四德には德を一ツ增してくれた。その時から四德が五德になつた。
(私の稚い記臆、祖父からよく聽いた話。今でも
犬の所作や爐の五德を見ると、その都度に思ひ
出すのである。)
« 奇異雜談集巻第二 ㊃高㙒の鍛冶火をもつて虵の額に点ずれぱ妻の額に瘡いできし事 | トップページ | 奇異雜談集巻第二 ㊄伊勢の浦の小僧、圓𮫭の子の事 »