佐々木喜善「聽耳草紙」 一五四番 目腐 白雲 虱たかり
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここ。標題は本文から「めくされ かぶれ しらみたかり」と読んでおく。疾患としての「目腐」(めくされ)は、眼病のために目の縁が爛れて汚れていることを言ったが、江戸時代から、人を罵って言う卑称でもある。同前で「白雲」は、頭部白癬の通称で、頭皮の皮膚糸状菌による真菌感染症で、頭皮に乾燥した鱗状の斑、或いは、斑状の脱毛、又は、その両方が生ずるもので、若干の掻痒感を感ずることがある疾患である。但し、「虱たかり」は、ヒトジラミの寄生によるものであるなら、背部のみに掻痒感が生ずるとあるのは不審で、実際には、背部に発生する強い掻痒感が症状とする慢性皮膚疾患である可能性の方が高いように思われる。]
一五四番 目腐 白雲 虱たかり
或所に目腐レ、白雲タカリ虱タカリと、斯《か》う三人の朋輩どもがあつた。どうも目腐れは眼をこする癖があり、白雲タカリは頭を搔く癖があり、そして虱タカリは背中搖(セナカユス)りをする癖があつて、いつも人に笑はれて居た。だから三人は相談して、これから一切其癖をやらないことに約束した。
三人は默つて爐《いろり》にあたつて居たが、初めの中《うち》は我慢して居たけれども、だんだん時が經つに隨つて目腐れは目が燒け爛れるやうに痒《かゆ》くなり、白雲タカリは頭がモンモン鳴つて痒くて眩暈《めまひ》がしさうになり、虱タカリは背中が木割(キワリ)で掘ツたくられる樣にむづ痒くなつて、とても居堪《ゐたたま》らなくなつて來た。
そこで虱タカリはとても我慢が出來なくなつたあげく、あれあれ此手合(テユ)、向い山を見ろ、鹿が斯うして、むツくらむツくらと通るでば、と言つてうんと體《からだ》を搖《ゆす》ぶつて衣物《きもの》で思ふ存分背中を搔き𢌞した。さうすると目腐レは、ウン本當にさ、あれア逃げねえ中に俺は斯うして弓《ゆみ》引くべえ。若し外れたら又矢をちげえて、ぴよンと斯う射つてやるツと言つて目を幾度も幾度も矢を射る恰好をしてこすつた。ところが白雲頭は、これも痒くて痒くてボヤボヤと火(ヒ)ぼてりがして我慢が出來なくなつて居た處だから、此所《ここ》だと思つて、ぜぜ汝(ワレ)どア、若しあの鹿が逃げたら、殘念だツと言つて、がりがりとこれも思ふ存分頭を搔いた。
(此話は、目腐レ、涕《なみだ》タラシ、虱タカリと
斯う三人であつたとも話されて居る。昭和三年の冬、
伯母から聽いたものだとて、私の子供等《ら》が語
つて居た。)
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