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2023/07/22

佐々木喜善「聽耳草紙」 一六六番 話買ひ(二話)

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。]

 

    一六六番 話 買 ひ(其の一)

 

 或男が町へ行くと、見慣れた店の前に、話賣りと謂ふ看札が懸つてをつた。これは珍しいこともあるものだ。どんな話を聞かせるもんだべと思つて、立寄つて見ると、内に齡寄《としよつ》つた爺樣が一人座つて居た。話賣る人はお前だかと訊くと、爺樣はさうだと答へた。價《あたひ》を訊くと、一話一兩だと言ふ。[やぶちゃん注:底本は読点だが、「ちくま文庫」版で訂した。]幸ひ懷《ふところ》に一兩持つて居たから、ほだら一つ賣つてくれろと言つて金を爺樣の前へ出した。すると、爺樣は、

  大木《たいぼく》の下より小木《しやうぼく》の下に

 とたつた一言(《ひと》コト)話した。あと續くかと思つて待つて居たが、あとは何にも言はなかつた。男は一兩と謂ふ大枚《たいまい》な金を出したものだから、何か長い語物(カタリモノ)でも聽かせることだべと思つて居ると、やつぱりたつた一言、それだけなので氣拔けがして、面白くなくて家へ還つた。

 家へ歸る途中廣い々々野原を通りかゝつた。夏の日だつたと見えて俄かに神立雨(カンダチアメ)[やぶちゃん注:雷雨・夕立の異名。]が降つて來た。おまけに雷鳴は天も裂けるやうに强かつた。男は魂消《たまげ》て野中の一本杉の下へ駈けつけて雨宿りをした。ところが偶然(ヒヨツクリ)と胸に浮んだのは、今日の話賣りの爺樣の言葉であつた。あツこのことだと思つてその一本杉の下から一足離れると、突然杉の木に雷がおとけあつた(落雷した)。男はその餘勢(イキホイ[やぶちゃん注:ママ。])で二三間《げん》[やぶちゃん注:一・八二~三・六四メートル。]吹飛《ふきと》ばされたが、生命《いのち》は助かつた。氣がついて見ると一本杉は粉微塵に碎け折れてゐた。あゝ此事だ。一言一兩で高いと思つたが、一兩で生命を買つたと思へばこれはまた餘り安い話だと其男は話した。

 

        (其の二)

 或所に三人の男があつた。これから三年の間うんと働いて金を貯めてお伊勢詣りをすることを相談した。やがて三年目になると二人は金を五十兩づつ貯めて居た。一人は貯めるには貯めたが、其金を寺へ寄進したり、貧乏人に遣つたりして、二人の朋輩が伊勢參宮の旅に出かける時には、懷にたつた三兩しか殘つて居なかつた。それでも約束は約束だからとにかく三人連《さんにんづ》れで村を出立した。

 三人は伊勢の國をさして旅を續けて行くが行くが行つた[やぶちゃん注:ママ。旅行くことが長く続くことや、有意な時間経過を示すための童話などでの常套的強調形。]。そして或町を通りかゝつた。其の町の眞中頃《まんなかごろ》に立派な家があつて、軒下に、「話賣り候」と謂ふ看札《かんさつ》が懸つてあつた。三人はあれや見ろ、廣い國だぢあなア、話賣りの看札があると言つて通つた。すると金を三兩しか持つていない男が、ぢえぢえ待て待て、俺が話を買つて見ると言つて其店へ入つて行つた。申し申しと言つて、一體どんな話を聽かせるものかと思つて居ると、一人の立派な爺樣が出て來て、お前は話を買ひに來たかと訊いた。男は如何にも其話を買ひに來たが、一つ賣つてくれぬかと言ふと、爺樣は話は一つ一兩だ。買いたくばここヘ一兩置けと言つた。男はそんだらと言つて、言ふがまゝに其所ヘ一兩出すと、爺樣は、

   柱の無い所には宿とるな

 と言つた。これが一兩だけの値段の話であつた。男は大枚一兩の話だから何か段物《だんもの》の語物《かたりもの》でも聞かせるのだかと思つて待ち構へて居ると、たつたこれだけの謎のやうな一語《ひとこと》を聽かせられたばかりなので、さつぱり腑に落ちなかつた。それでいま一つ聽かしてケろと言つて、またそこヘ一兩出した。すると爺樣が今度は、

   怪しい物をばよくも見ろ

 と言つた。男はどうせ斯《か》うせ懷《ふところ》にもう一兩あるから、いま一つだけ聽いてみるべと思つで[やぶちゃん注:ママ。]、又一兩出すと今度は、

   堪忍袋の緖を締《しめ》ろ

 と又たつたこれだけを言つた。あとは聽きたくももう金が無いので聽かれぬから、男は其所を出た。そして先きへ行つた二人の朋輩どもに追付《おつつく》くべえと思つて急いで行つた。

 行くが行くが行くと、其うちに日が暮れて四邊が暗くなつて步けなくなつたので、男は其夜は山に野宿をした。朝はやく起きて急いで行くと、自分が泊つた所から程遠くない所に岩窟があつて、そこで二人の朋輩が大きな岩にひしがれて死んで居た。男はそれを見てははア此事だ。俺はよいことをした、あの話賣りの爺樣から話を聞いて來てよかつた。若し三人で來たなら俺もこの岩の下に泊つてこんな風にひツぴしよがれて往生申すところだつた。話賣りの爺樣の、柱の無い所には宿とるなと謂ふことは此事だと思つて、二人の朋輩の屍《しかばね》にねんごろに念佛申して其所を立去つた。

 それからまた行くが行くが行つた。其中に日が暮れた。けれども男の懷には一文も無かつたので、宿屋に泊ることが出來ないから、ぶらめかして居ると、野中の森の中に神樣のぶツかれ御堂《おだう》があつたから、其所へ入つて泊つて居た。ところが丁度其眞夜中頃だと思はれる刻限に、何だか恐しい音を立てて天《そら》を飛んで來る者があつた。何だべと思つて御堂から出て見ると、ピカピカと光る物がウワンと唸《うな》つて來て御堂の前へどさりと墮《お》ちた。すると其所らが眞晝間のやうに明るくなつた。男は膽《きも》をつぶして逃出《にげだ》さうかと思つたが、いや待て暫《しば》し、彼《あ》の話賣りの爺樣は何と言つた。怪しい物をばよくも見ろと言つたではないか、これは氣を落着けてよく見た方がよいと思つて、其光物の墮ちた所へ行つて見ると、これは又何のことは無い山吹色をした黃金塊(コガネダマ)であつた。男は胸をわくめかしてそれを拾つて持つて町へ賣りに行つた。何所《どこ》でも彼所《かしこ》でも餘りな寶物《たからもの》に驚いて値段さへもつけられなかつた。そのうちにある長者どんがあつて、其金塊を三千兩に買ひ取つた。そしてお前はこれから何處へ行くのだと訊くので、男は俺はこれから伊勢參宮に行く者だと言つた。するとそれではこんな大金を持つて一人旅をしては途中掏摸《すり》やごまの蠅などがうるさかんべから此男を伴《とも》に連れて行けと言つて家來を一人附けてくれた。男は宿屋に着けば金箱《かね》をば旦那に預けて置き、もとより心の大量《たいりやう》[やぶちゃん注:度量が大きいこと。心が広いこと。]な男だから心付け手當も餘分にやるので、宿屋でも他の客人よりも大事にしてくれるので至極平安無事に旅を續けて、首尾よく伊勢詣を濟ませて家に還つた。

 男が家へ歸つて見ると、玄關の戶が締まつて居た。はて不思議だなと思つて、さげしむ[やぶちゃん注:「蔑む・貶む」だが、ここは、特異的に「怪しく思う」ことを言っている。]と中で何かずんづむんずという話聲がしている。はて怪(アヤ)しいと思つて窃《そ》つと近寄つて戶の𨻶間から内を覗いて見ると、常居の爐(ヒボト)の橫座に立派な男が來て座つて居た。それに自分の女房が其側《そのそば》へ摺寄《すりより》り摺寄りお茶話《ちやばなし》をして居た。そのありさまを見て、男はむかツとして、今にも雨戶を蹴破《けやぶ》つて中へ飛込《とびこ》んで不義の二人を斬殺《きりころ》すべと、脇差の柄《つか》に手をかけたが、いや待て待て、あの話賣り爺樣が何と言つた。堪忍袋の緖を締めろと言つたではないか、このことだと思つて差控《さしひか》へ、それから出來ぬ聲を和げて、嬶《かかあ》やい嬶やい俺は今歸つて來たぜと聲をかけた。するとはいと内で返辭をしたが、中々出迎《でむかへ》にも、出て來なかつた。男はははア彼《あ》の男を何所へか隱すのだなと思つて居ると、稍《やや》暫時《しばらく》してから、やつと女房が出て來た。そしてさもさも懷かしさうに頻りに夫《をつと》に何やかにやと言葉をかけた。けれども男は何をこの不義者《ふぎもの》めがと謂ふ心があるものだから、一向面白くなかつた。内へ上《あが》つてからも早く彼《あの》男を出して遣ればよい、出て行けばよいと思つて、用も無い裏へ入つたり[やぶちゃん注:ここは「行つたり」の方が躓かない気がする。]などして𨻶を作つても、その度每《たびごと》に女房が附纏《つきまと》ふて離れなかつた。男は俺はこんなに有餘《ありあま》る程の大金を持ち歸つて、自分も喜び家内にも喜ばせたいと思へばこそ、こんな苦しい思ひをするのだ。それをさとらぬかと思つて、また常居《とこゐ》に戾つた。やがて夜になつた。夜も更けて寢ることになつた。床へ入つてから男はとても堪《たま》りかねて晝間見たことを話して、早くあの男を外へ出して遣つてケろ。さうしたら俺は何事も言はないからと言ふと、女房は容《かたち》を改めて、それではお前は彼《あの》男を見たのか、道理でどうも樣子が變だと思つて居《ゐ》たます。そんなら私も正直に話すが實はあれは人間ではないと言ふ。ほだら彼(ア)れは何だと男も面白くなくて聽くと、女房は、あれはお前の留守の中《うち》は私も未だ若い者だから近所の人達から侮《あなど》られたり、又惡戲《わるふざけ》をされたりしては、お前に申し譯が立たないと思つて、實は人形を作つてあゝ衣物《きもの》を着せて、いつもあゝ謂ふ風に橫座に座らせて置き、私がお茶や何かをすゝめるやうに見せかけて居《ゐ》ましたと言つた。それを聞いて男は初めて女房の心が訣《わか》り、かへつて自分の心持ちを言譯《いひわけ》して、其夜は睦《むつま》じく寢た。それも之も皆彼《あ》の話賣りの爺樣のお蔭である。これこの通り俺は黃金《こがね》も持つて來たと云ふて、其一伍一什《いちごいちじふ》[やぶちゃん注:「一部始終」に同じ。]を物語つた。そして男は近鄕切つての長者になつた。(村の大洞犬松爺の話の一〇。大正十二年十一月三日聽取の分。)

[やぶちゃん注:最後の附記が本文の後に続いているのはママ。]

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