佐々木喜善「聽耳草紙」 一七〇番 履物の化物
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。]
一七〇番 履物の化物
昔々、或所に、とても腹物を粗末にする家があつた。或晚、下女が獨りでゐたら外の方で、
カラリン、コロリン、カンコロリン
まなぐ三まなぐ三ツに齒二ん枚
と云ふ聲がした。次の晚にもさう云ふ聲がして每晚化物が出た。下女は恐しくなつて、奧さんに其事話したら、奧さんは、どんな聲だかおれも聽かなけなんねから、今夜はお前の室《へや》さ寢んべと云つて女中と二人で息を殺して待つてゐた。するといつもの刻限にまた、カラリン、コロリンと唄ふ聲がした。奧さんは、本統[やぶちゃん注:ママ。]だこれ、一體なんだか明日の晚は正體を見てやんなけねえ[やぶちゃん注:「ちくま文庫」版では、『やんなけなんねえ』で、その方が正しいようには見える。]と言つて、その晚は寢た。次の晚又下女と二人で待つてゐたら、又やつて來た。奧さんと下女が戶の隙間からさうつと[やぶちゃん注:ママ。歴史的仮名遣は「そうつと」でいい。]覗いて見たら、履物の化物が、いつも履物を投げ棄てておく、物置のすまこへ入つて行つた。
(昭和五年四月八日の夜蒐集されたとて、
三原良吉氏の御報告分の七。)
[やぶちゃん注:所謂、付喪神怪談であるが、寧ろ、物を粗末に扱うことへの訓戒譚として生きている。]