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2023/07/08

奇異雜談集巻第四 ㊄國阿上人發心由來の事

[やぶちゃん注:本書や底本及び凡例については、初回の私の冒頭注を参照されたい。

 なお、高田衛編・校注「江戸怪談集」上(岩波文庫一九八九年刊)に載る挿絵をトリミング補正して掲げた。因みに、平面的に撮影されたパブリック・ドメインの画像には著作権は発生しないというのが、文化庁の公式見解である。]

 

   ㊄國阿(こくあ)上人發心由來の事

 霊山(りやうせん)正法寺(《しやう》ぼうじ)の開山(かいさん)、国阿上人は、晚出家(ばんしゆつけ)なり。在俗の時は、公方(くばう)奉公の人にて、名字は橋崎(はしざき)、名乘(なのり)は国明(くにあきら)、すなはち、播州、橋崎の庄(しやう)の領主なり。

 相國鹿苑寺殿(しやうこくろうくをんじどの)へ、召されてのほり[やぶちゃん注:ママ。]し時、旅宿(りよしゆく)、すなはち、北山鹿苑寺殿ちかく、蓮臺㙒(れんだいの)のあたりにあり。

 伊勢の国、丹生(にふ)の庄(しやう)、御たいぢ[やぶちゃん注:「退治」。]の事あり、橋崎、うけたまはりて、出陣す。

 在陣の間に、留守の内婦、くわいにんの上に、大病(《たい》びやう)をえて、わづらふゆへ[やぶちゃん注:ママ。以下同じ。]に、不產(ふさん)して、死去する。

 不便のゆへに、蓮臺㙒(れんだいの)に送りて、土葬にするなり。

 すなはち、使者を、陣中につかはして、此のよしを、つくるなり。

 陣中、不便(ふべん))なるゆへに、作善(さぜん)を營むこと、あたはず、たゞ、三錢をもつて、非人(ひにん)にほとこす[やぶちゃん注:ママ。]

 毎日、かくのごとくほどこすに、とりみだす事ありて、二日《ふつか》、間斷(かんだん)して、施さず。また、あひつゞきて、毎日、ほどこす事、まへのことく[やぶちゃん注:ママ。]なり。

 陣事(じんじ)、功なり、名、とげて、開陣(かいじん)す。

 公方へ、御礼申《まふし》をはり[やぶちゃん注:ママ。]てのち、蓮臺㙒に行きて、かの塚(つか)を見て、燒香念仏するあひた[やぶちゃん注:ママ。]に、塚の下(じた[やぶちゃん注:ママ。])に赤子(あかご)の泣くこゑ、聞こゆ。

 あやしみて、しばらく聞(きく)處に、その一、二丁[やぶちゃん注:百九~二百十八メートル。]、南に、茶屋あり。

 そのていしゆ、きたりて、橋崎殿ヘ、

「御かいぢん、めでたき。」

の由、御礼申して、次に、

「此の間、ふしぎの事、候ほどに申候。廿四、五日以前より、『ゆふれい』と、おぼしき女人《によにん》、茶屋にきたりて、三錢(せん)をもつて、餅を買(かひ)てかへり候。毎日、きたり候が、二日、間斷して、來たらず、又、先のごとく、きたり候。此二、三日いぜんまで、きたり候。かへるをみれば、北(きた)へ行(ゆき)候が、半町[やぶちゃん注:五十四・五メートル。]ばかりにして、きえて、見えす[やぶちゃん注:ママ。]候。」

といへば、橋崎殿、をどろきて[やぶちゃん注:ママ。]いはく、

「陣中にて、非人にほどすところ、ならびに、日かす[やぶちゃん注:ママ。]のしだい、幽霊の來たる所に、あひおなじきは、心さし[やぶちゃん注:ママ。]のかよふ所、うたがひ、なし。しかれば、塚を、ほりてみるへし[やぶちゃん注:ママ。]。」

とて、供衆(ともしゆ)、鋤(すき)をかりて、掘れば、赤子、有(あり)。

 

Kokuasyounin

 

 とり出だして、是をば、茶屋のていしゆにつかはして、

「養育してみよ。」

とて、太刀(たち)・かたな、もたれたる武具を、みな、茶屋につかはし、

「明日、私宅(したく)にきたれ。具足・冑(かぶと)をも、つかはすべし。」

と、いへり。

 かの屍がいは、すでに、爛壞(らんゑ)したり。

 もとのごとく、土(つち)を、かけて、をく[やぶちゃん注:ママ。]なり。

 たゞ、その子を思ふ處の、しうしんこんはく[やぶちゃん注:「執心魂魄」。]、幽霊に化(け)して、子をやしなふて、今日(けふ)まで、赤子のいのち、ありしものなり。

「あはれなる事かな。」

とて、淚をながして、歸宅す。

 すなはち、發心の儀、公方(くばう)へ、御いとま申しえて、關東藤沢に下り、出家して、「國阿弥陀佛」と号し、大道心修行(だいだうしんしゅぎやう)、五十年の間に、佛神(ぶつじん)に通(つう)じて、きどく、おほき事、緣起に、つまびらかなり。

  右、内婦、土葬以下(いげ[やぶちゃん注:ママ。])の事、

  姑獲と同じきゆへに、こゝに記す。もし、毎日、

  三錢、ほどこす事、これなくは[やぶちゃん注:ママ。]

  姑獲となるべきものなり。

[やぶちゃん注:最後の附記に有る通り、これは前の「㊃產女の由來の事」を受けての、姑獲鳥にならなかった貞女の霊魂を讃えた一話である。また、本書電子化の動機となった、『「續南方隨筆」正規表現版オリジナル注附 「『鄕土硏究』一至三號を讀む」パート「二」 の「頭白上人緣起」』にもこの話が載るので、是非、読まれたい。

「國阿上人」岩波文庫の高田氏の注に、『室町時代の僧。時宗国阿派の祖。(一三一四―一四〇五)』とある。

「橋崎」現在の兵庫県たつの市神岡町東觜崎(ひがしはしさき)附近(グーグル・マップ・データ)か。

「相國鹿苑寺殿」同じく高田氏の注に、『臨済宗宗相国寺派鹿苑寺は足利義満の別荘であった。義満のこと』とある。

「丹生の庄」現在の三重県多気(たき)郡多気町(たきちょう)丹生(にう)附近。「ひなたGPS」で戦前の地図と合わせておく。

「御退治。高田氏の注に、『丹生の荘園は建武政府から神宮に贈与』されたが、『後』、『足利氏が取り戻した経緯があ』り、『その反乱の征伐』を指すとある。

「作善」同前で『追善供養。死者の冥福を祈るために行な仏事』とある。

「開陣」陣を引き上げること。岩波文庫版版の底本では「開陳」で、意をとって本文は『凱陣』と変えてある。

「藤沢」時宗総本山遊行寺のこと。私の家からそう遠くない。]

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