佐々木喜善「聽耳草紙」 一八二番 眠たい話(五話)
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。標題の「屁ぴり」は「へつぴり」。]
一八二番 眠たい話
三人旅(其の一)
或所に、ムカシとハナシとナンゾという三人があつた。伊勢詣りをすべえと相談して、三人で旅に出た。行くが行くが行くと大きな川に一本橋が架《かか》つてあつた。
三人が橋の眞中《まんなか》ごろへ來た時、バウバと大風が吹いて來た。するとムカシはムクして、ハナシはハズクレテ、ナンゾは流れてしまつたとさ。
(村の話。子供に話をセビラレ、さて語る話も盡
きてしまつて、こんな他愛もないことまで語ら
ねばならない時刻になると、やつと子供達は眠
たくなるのである。)
[やぶちゃん注:「ムクして」不詳。「默(もく)して」か?
「ハズクレテ」不詳。「すっかり本来の様子から外れて」か?]
三ツ話(其の二)
怖(オツカナ)い話と可笑《をか》しい話と悲しい話とがあつた、それは鬼がいたので、怖《おつかな》いと思つて居ると、其鬼が屁をひツたから可笑しいので笑つて居ると、其鬼が死んでしまつた、シけど…それで悲しかつたと謂ふ事。
(柴靜子氏の筆記。武藤鐵城氏御報告の一三。)
笹山燒け(其の三)
或所に盲とオツチ(啞)と足ポコ(跛《びつこ》[やぶちゃん注:底本では「跋」であるが、誤植と断じ、「ちくま文庫」はひらがなで『びっこ』とする。])の三人があつた。春さきの乾燥時(ハサキ)になると、向《むかひ》の笹山に火がついた。それをメクラが見ツけて、オツチが叫んで、足ポコが唐鍬《たうぐは》持つて駈け出した。火消したさ…
(村の話。)
[やぶちゃん注:「唐鍬」鍬の一種。長方形の鉄板の一端に刃をつけ、他の端に木の柄をはめたもの。開墾や根切りに使う。]
昔さら桶(其の四)
昔々或人が一つの大きなほんとう[やぶちゃん注:ママ。]に大きな桶を持つて來た。それで其桶は何桶だかと訊くと、これは「ムカシサラオケ」だと答へましたとさ。
「ムカシサラオケ」とは昔話(ムカシ)[やぶちゃん注:二字へのルビ。「ちくま文庫」版もそうなっている。次話も同じ。]を棄てるなとの意味ださうだ。
(秋田縣角館小學校高等科、淸水キクヱ氏筆記。
武藤鐵城氏御報告の一四。)
昔刀(其の五)
昔々或人が長い々々刀《かたな》をさして、其先の方に小さな車をつげて、カラカラと鳴らせて來たので、其刀は何刀《なにがたな》だと訊くと、これは「ムカシカタナ」と云ふ刀だと答へましたとさ。
「ムカシカタナ」とは昔話(ムカシ)を語(カタ)るなと云ふ意味ださうである。
(前話同斷の一五。)
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