佐藤春夫譯「支那厯朝名媛詩鈔 車塵集」正規表現版 「つれなき人に」丁渥妻
[やぶちゃん注:書誌・底本・凡例等は初回を見られたい。本篇はここ。]
つれなき人に
淚 濕 香 羅 袖
臨 風 不 肯 乾
欲 憑 西 去 雁
寄 與 薄 情 看
丁 渥 妻
風は勿(な)ほしそうす衣の
なみだに沾(ひ)ぢし袖たもと
西する雁にことづてて
つれなき人に見せましを
※
丁 渥 妻 十二世紀ごろ(?)。 宋朝。 その夫が游學して久しく家鄕から遠ざかつてゐた。 一夜夢にその妻が燈下で消息を認(したた)めてゐるところを見たが、文中にこの詩があった。 後日妻 から鄕信(きやうしん)を得て見ると果してかつて夢に見た詩が記(しる)されてあつた。 譯出したのはその不思議な話の主題となるものである。
※
[やぶちゃん注:「丁渥妻」は「ていあくのつま」と読んでおく。佐藤の解説にあるように、これは伝奇的な不思議な話として複数の中文サイトの漢籍に認められた。例えば、サイト「中國古典戲曲資料͡庫」の「堅瓠補集」の巻六の「眞夢」がそれである。表記の一致する「維基文庫」の「古今圖諸集成」のこちらの活字版本の画像によって、標題は「寄外」であることが確認出来た。以下、推定訓読をする。
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外(ほか)に寄す
淚 濕(しめ)れる 香羅(かうら)の袖(そで)
風に臨むも 乾(かは)かすを肯(がへん)ぜず
欲(ほつ)す 西に去る雁に憑(たの)まんことを
寄(よ)せ與(あた)へん 薄き情(なさ)けを看(み)せんとや
*]