佐々木喜善「聽耳草紙」 一六八番 柿男
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。]
一六八番 柿 男
昔々或所に奧さんと下女があつた。其所の家の井戶端に柿の木があつて、柿が甘《うま》さうに實つてゐた。下女はその柿が食ひたくて食ひたくて堪らなかつた。何とかして一ツ喰ひ度《た》いものだと考へてゐたら、或晚、表の戶を叩いて、此所あけろ此所あけろと云ふ者があつた。下女は、ハテ夜中に誰だべと思つて、今誰も居ませんから開けられないと斷つたが、いいから開けろいいから開けろと云ふので下女は怖々《こはごは》さうツと戶を開けたら、背のとても高い眞赤な色をした男が立つてゐた。下女はもう靑くなつてブルブル慄へてゐると、其眞赤な男が室《へや》の中さ入つて來て、串持つて來いと云つた。下女が串を持つて行くと、赤い男は、俺の尻くじれ、俺の尻くじれと云ふ。[やぶちゃん注:底本は読点であるが、「ちくま文庫」版で訂した。]下女が慄へながら男の尻をえぐると、今度は、なめろなめろと言つて歸つた。下女がその串をなめたらとても甘《うま》い柿の味がした。
(昭和五年四月八日夜蒐集されたものとして、
三原良吉氏の御報告の分。)