佐藤春夫譯「支那厯朝名媛詩鈔 車塵集」正規表現版 「秋の瀧」薛濤
[やぶちゃん注:書誌・底本・凡例等は初回を見られたい。本篇はここ。]
秋 の 瀧
冷色初澄一帶烟
幽聲遙潟十絲絃
長來枕上牽情思
不使愁人半夜眠
薛 濤
さわやかに目路澄むあたり
音に見えしかそけき琴は
かよひ來て夜半のまくらに
寢(い)もさせず人戀ふる子を
[やぶちゃん注:作者薛濤は「音に啼く鳥」及び「春のをとめ」で二篇が既出。佐藤の作者解説は前者を参照。本篇の標題は「秋泉」。以下、推定訓読を示す。]
*
秋の泉(いづみ)
冷色 初めて澄む 一帶(いつたい)の烟(けむ)り
幽聲(いうせい) 遙かなる瀉(かた) 十絲(じつし)の絃(いと)たり
長く來たりて 枕上(ちんしやう)に情思(じやうし)を牽(ひ)く
愁人(しうじん)をして 半夜(はんや)に眠らしめざる
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「漢文委員会」の紀頌之(きのあきゆき)氏のサイト「中国文学 李白・杜甫・韓愈・李商隠と女性詩 研究」の本詩のページを全面的に参考させて戴くと、
・「秋泉」彼女の住む花街から聴き得るほどの距離に離れてあった『秋の夜の澄みきったしじまの中にひびく』『泉水の水音を詠じたもの』とされる。
・「一帶烟」『一般的に』は『たなびく水蒸気、夕もやをいうが、ここは女の部屋に香を焚いて』、それが『しっかりいきわたっていること。この頃の花街は猛烈に香を焚いていたこと』が『書かれている。催眠効果もあったようだ』と解説されておられる。
・「遙瀉」紀氏の注を考えるに、その少し「遙」かな位置にその泉水の水が溜まる「潟」(かた:水溜まり)があるとされる。
・「十絲絃」の水溜まりから聴こえてくる音を指す。『十本以上の弦をつけた琴を弾くような細やかな美しい音。わき水の音の形容であるから』、所謂、人工的に作った『水琴窟のような状況、それも』、『一か所ではなく』、『ポチャ、ポチャが十種類以上も違う音色になることをいう。つまり』、来もせぬ男を『待ち侘びて』、『夜中の間中』、『この音を聞いている』のであるとされる。
・「牽情恩」『愛する男への思いを起こさせる』とされる。
・「半夜」真夜中。因みに紀氏によれば、この語には別に『昼夜に分けて客をとった遊女』の意があることが記されてある。]
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