佐々木喜善「聽耳草紙」 一六七番 額の柿の木
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここ。]
一六七番 額の柿の木
或所に一人の男があつた。何かよいことをお授けして貰ひたいと思つて、觀音樣ヘ行つて、七日七夜籠つて願かけをした。そしたら滿願の日に、觀音樣が夢枕に立つて、お前の願掛けは聞いてやる。明朝《みやうてう》夜が明けたら前の坂を下りて行け。そして一番先きに目についた物を大事にして持つて行けと告げた。男は其日の朝未明に、御堂を出て前坂を下りて行くと、一粒の柿の種が落ちていた。男は何だこんな物かと思つたが、是も觀音樣のお授け物だと押頂《おしいただ》く拍子に種が額《ひたひ》にぴたツとくツついて放れない。
さうしてゐる中《うち》に其種が根付いて芽を出して一本の柿の木になつた。それが段々成長(オガ)つて大木になり、春《はる》花が咲いて、秋になると柿の實がうんとなつた。そこで男は柿賣りになつて、町へ行つて、柿ア柿アとふれて步いてたんと金儲けをした。ところが町の他の柿賣り共《ども》がそれを憎んで、或日皆《み》んなして、其男の額の柿の木を根こそぎ伐取《きりと》つてしまつた。すると其伐株《きりかぶ》から今度は澤山の菌《きのこ》が生へた。そこで男は又町へ出て、菌賣る菌賣ると、ふれ步いてしこたま金儲けをした。するとまた町の菌賣りどもに憎まれて、其伐株を根ぐるみ掘取《ほりと》られてしまつた。ところが又其所《そこ》の穴から今度は大變な甘酒が湧き出した。そこで又男は町へ出て、甘酒や甘酒やと言つてふれ步いて復々《またまた》大金儲《おほかねまう》けをした。
« 梅崎春生「つむじ風」(その19) 「遁走」 / 「つむじ風」~了 | トップページ | 佐々木喜善「聽耳草紙」 一六八番 柿男 »