佐藤春夫譯「支那厯朝名媛詩鈔 車塵集」正規表現版 「松か柏か」子夜
[やぶちゃん注:書誌・底本・凡例等は初回を見られたい。本篇はここ。]
松 か 柏 か
歡 從 何 處 來
端 然 有 憂 色
三 啼 不 一 應
有 何 比 松 柏
子 夜
どこでどうして來やつたか
凛々しい主(ぬし)がうれひ顏
三度よぶのに知らぬふり
松か柏かきのつよい
[やぶちゃん注:「子夜」は五首既出。佐藤の作者解説は、その最初の「女ごころ」を参照。「楽府詩集」の巻四十四の四十二首の其二十九である。以下、推定訓読を示す。
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小夜歌
歡(よろこび)は何(いづ)れの處(ところ)より來たらん
端然(ふか)く 憂ふる色(いろ)有り
三(み)たび啼(よ)ぶも 一(ひと)たびの應(いら)へもせず
松か柏(このてがしは)かに比(くら)ぶるの 何ぞかに有らんや
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・「端然」読みは、高橋未来・佐藤正光共著の論文「中華書局編輯部編『詩詞曲語辞辞典』に見る唐詩の特徴的な用法について(6)」(『東京学芸大学紀要』(人文社会科学系Ⅰ・巻 七十三・二〇二二年一月刊。同大学のリポジトリのこちらからダウン・ロード可能)に、この第一句と第二句を示されて、『端然は「深深地(ふかく)」というのに同じ』とあるのに従った。
・「柏」は中国では古来から、本邦の被子植物門のブナ目ブナ科コナラ属コナラ亜属コナラ族 Mesobalanus 節カシワ Quercus dentata とは全く縁のない別種である、裸子植物門マツ綱マツ目ヒノキ科コノテガシワ属コノテガシワ Platycladus orientalis を指す。中国北部の原産とされ、韓国・中国北部に分布するが、本邦では、園芸品種が人気で、庭木・生け垣・鉢植えなどでよく見かける。私の家にも嘗つて、教え子が呉れたものが、一メートル半まで伸びてあった(惜しくも十数年前の台風で折れてしまった)。中文の同種のウィキによれば、中国では、寺院・墓などに好んで植えられ、家具や寺院・霊廟の建築材としてもよく用いられるとあった。]
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