佐々木喜善「聽耳草紙」 一八〇番 屁ぴり番人
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。標題の「屁ぴり」は「ちくま文庫」版を参考にすれば、「へつぴり」である。]
一八〇番 屁ぴり番人
昔、彌太郞と云ふ心の良(エ)い爺樣があつた。この爺樣は面白い屁をひるので名高かつた。その屁は、
ダンダツ (誰だツ)
と鳴つた。だから知らぬ者は誰でも咎め立てでもされて居るやうに思つた。爺樣の屁の音も面白がる者と厭がる者とがあつた。
所の長者殿でそれを聞き込んで、或日爺樣に來てくれと言つた。爺樣は何用があるかと思つて行くと、檀那樣は、爺樣爺樣俺家(オラエ)の米倉の番人になつてくれないか、祿(ロク)はお前の望み次第だと言つた。
爺樣は大層喜んで、其夜から長者どんの米倉の守り番となつた。それからは戶前《とまへ》の二疊敷に每夜寢ていた。[やぶちゃん注:「戶前」土蔵の入り口の戸のある所。その内側に小さな二畳敷の間があったのであろう。]
或夜盜人《ぬすつと》が來た。ソコソコ(靜かに忍び足で)米倉へ忍び寄ると、暗《くら》シマこの中から、いきなり、[やぶちゃん注:底本では、五字分の字空けをして、改行して「いきなり、」が行頭にあるが、不自然なので、誤植と断じ、「ちくま文庫」版で訂した。]
ダンダツ
ダンダツ
と呶鳴《どな》られた。盜人は驚いて一目散に逃げて行つた。
次の夜も盜人が來たが、矢張そのダンダツの聲に魂消《たまげ》て逃げ歸つた。それから次の晚も、次の晚もと恰度《ちやうど》七夜《ななよ》續けて來たが、いつもダンダツと咎め立てされて、遂に一物《いちもつ》も盜まれなかつた。
八日目の夜に盜人は考へた。ハテ今迄こんなことはなかつたんだが、どうもあの聲はただの聲ではない。不思議だと思つてまたンコンコと忍び寄つて見ると、それは倉番人の爺樣の屁ツぴり音《おと》であるといふことが分つた。
なんだア今迄この爺(ヂ)ンゴの屁に魂消らされて逃げ歸つて居つたのか、よし來た今夜其の仇《かたき》を討つて遣ると言つて、胡瓜畑へ行つて胡瓜を一本取つて來て、爺樣の尻の穴に差し込んで置いた。それでさすがのダンダツの音も出せぬので、盜人は安心して米俵をしこたま背負ひ込んだ。そして歸りしなに少々狼狽《あわて》たので胡瓜の蔓《つる》に足を引ツかけて、胡瓜をスポンと引ン拔いてしまつた。するとそれまで餘程溜つて居たものと見えて、
ダンダツ
ダンダツ
ダンダツ
とえらい大きな音をしきりなしに放し續けた。それで寢坊の爺樣も目を覺《さ》まして、本統[やぶちゃん注:ママ。]に、
誰だツ
と叫んだので、泥棒は腰を拔かした。やつぱり捕(オサ)へられた。
(膽澤《いさは》郡金ケ崎邊の話。千葉丈勇氏御報告の四。)
[やぶちゃん注:「膽澤郡金ケ崎」現在の岩手県胆沢郡金ケ崎町(グーグル・マップ・データ)。]
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