佐々木喜善「聽耳草紙」 一六九番 柳の美男
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここ。]
一六九番 柳の美男
昔、木伏(キプシ)(盛岡の一町名)に美しい娘があつた。每日家の前の北上川へ出て、勢(セイ)よく伸びた柳の樹の下で洗濯物をして居た。
或時其の娘がいつもの通り洗濯に出たまゝ行衛《ゆくへ》が分らなくなつた。家の人達や村の人達は、如何(ナゾ)なつたべといつて、方々を探ねたが、どうしても見當らなかつた。ところが二三日經つてから娘が其柳の木の幹にたくさんの枝々で絡《から》まれてしつかりと抱かれて居るのを見付けた。
娘は人々に助けられて家に連れて來られた。其後永くぶらぶら病ひにとつつかれて靑い顏をして居たが、快《よ》くなつてから斯《か》う言つた。
あの夕方いつものやうに柳の下で洗濯をして居ると、何處からか見たことのない美男が來て、抱き着いて放さない。其うちに何が何だか氣が遠くなつて、何も知らなかつた…祖其後柳の木は自然と枯死した。
(大正二年の夏、盛岡生れの吉田政吉氏談話の分四。)
[やぶちゃん注:「木伏(キプシ)(盛岡の一町名)」現在の北上川右岸の岩手県盛岡市盛岡駅前通の木伏緑地附近(グーグル・マップ・データ航空写真)。JR盛岡駅直近。同地区のサイトが存在する。そのサイトでもそうだが、別な紹介サイト「ミズベリング」でも、読みは、「きっぷしりょくち」となっている。底本をガンマ補正すると、「プ」にも見える事を確認した。但し、「ちくま文庫」版は「きぶし」(同文庫では、本書のルビはカナカナではなく、みな、ひらがなである)。私は現行の発音を鑑みて「キプシ」と判じた。]

