佐藤春夫譯「支那厯朝名媛詩鈔 車塵集」正規表現版 「夜半の思ひ」景翻翻
[やぶちゃん注:書誌・底本・凡例等は初回を見られたい。本篇はここ。]
夜半の思ひ
夜 靜 還 未 眠
蛩 吟 遽 難 歇
無 那 一 片 心
說 向 雲 間 月
景 翻 翻
しづけさを寢(い)もいね難く
蟲だにもやめぬ歌あり
いかでかは思ひなからむ
語るなり 雲間の月に
[やぶちゃん注:作者景翻翻は既出(三篇出るが、一篇は作者は周文の詩篇で誤り。作者解説は初出の「怨ごと」を参照。今一篇は「行く春」である)。標題は中文サイト「采詩網」のこちらによって、「閨情」四首の内の一篇であることが判った。
佐藤の訳題の「夜半」は「よは」と訓じたい。
以下、推定訓読を示す。
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閨(ねや)の情(おも)ひ
夜(よる) 靜かにして 還(ま)た 未だ眠れず
蛩(こほろぎ) 吟(ぎん)じ 遽(あわただ)しくして 歇(や)み難(がた)し
那(いか)んぞ 一片(いつぺん)の心(こころ)も無(な)からんやと
說(と)く 雲間(くもま)の月に向ひて
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「蛩」蟋蟀(シッシュ/こおろぎ)。コオロギ類は、直翅(バッタ)目剣弁(キリギリス)亜目コオロギ上科コオロギ科コオロギ亜科 Gryllinae に属する種群を狭義に指すとするのが、より正しいと私は考えている。詳しい考証は私の「和漢三才圖會卷第五十三 蟲部 蟋蟀(こほろぎ)」を参照されたい。]