怪異前席夜話 正規表現版・オリジナル注附 巻之一 「二囘 狐精鬼靈寃情を訴ふる話」 /巻之一~了
[やぶちゃん注:「怪異前席夜話(くわいいぜんせきやわ)」は全五巻の江戸の初期読本の怪談集で、「叙」の最後に寛政二年春正月(グレゴリオ暦一七九〇年二月十四日~三月十五日相当)のクレジットが記されてある(第十一代徳川家斉の治世)。版元は江戸の麹町貝坂角(こうじまちかいざかかど)の三崎屋清吉(「叙」の中の「文榮堂」がそれ)が主板元であったらしい(後述する加工データ本の「解題」に拠った)。作者は「叙」末にある「反古斉」(ほぐさい)であるが、人物は未詳である。
底本は早稲田大学図書館「古典総合データベース」の同初版本の画像を視認した。但し、加工データとして二〇〇〇年十月国書刊行会刊の『江戸怪異綺想文芸大系』の「初期江戸読本怪談集」所収の近藤瑞木(みづき)氏の校訂になるもの(玉川大学図書館蔵本)を、OCRで読み込み、使用させて貰った。ここに御礼申し上げる。
なるべく表記字に則って起こすが、正字か異体字か、判断に迷ったものは、正字を使用した。漢字の読みは、多く附されてあるが、読みが振れると思われるものと、不審な箇所にのみ限って示すこととした。逆に、必要と私が判断した読みのない字には《 》で歴史的仮名遣で推定の読みを添えた。ママ注記は歴史的仮名遣の誤りが甚だ多く、五月蠅いので、下付けにした。さらに、読み易さを考え、句読点や記号等は自在に附し、オリジナル注は文中或いは段落及び作品末に附し、段落を成形した。踊り字「〱」「〲」は生理的に厭なため、正字或いは繰り返し記号に代えた。
また、本書には挿絵があるが、底本のそれは使用許可を申請する必要があるので、単独画像へのリンクに留め、代わりに、この「初期江戸読本怪談集」所収の挿絵をトリミング補正・合成をして、適切と思われる箇所に挿入することとした。因みに、平面的に撮影されたパブリック・ドメインの画像には著作権は発生しないというのが、文化庁の公式見解である。]
○狐精(こせい)鬼靈(きれい)寃情(ゑんしやう)を訴ふる話
寬延之比、肥前國長崎に、一儒生、菅生圖書暁明(すげうづしよさとあき)といへるものあり。尹(ぶきやう)何某(《なに》かし[やぶちゃん注:ママ。])か[やぶちゃん注:ママ。]邸に出入《でいり》し、舌耕(かうしやく)を以て、五斗米(《ご》とべい)を宛行(あてかわ[やぶちゃん注:ママ。])れ、くちすき[やぶちゃん注:ママ。]となす。
[やぶちゃん注:「寬延」一七四八年から一七五一年まで。徳川家重の治世。
「尹(ぶきやう)」「奉行」の当て訓。「尹」(イン)は中国で官職の「長官」の意。本邦では「弾正台」(律令制で、非違の取締・風俗の粛正などを司った役所であるが、検非違使が置かれてからは形骸化した。江戸時代は武士の有名無実の名乗りに「弾正」が、よく用いられた。但し、ここは長崎奉行を指す。
「舌耕(かうしやく)」「講釋」の当て訓。才知ある弁舌。
「五斗米」 五斗の米(現在の約五升の米)で、ここは「年に五斗の扶持米」の意から、「僅かばかりの扶持米、則ち、俸祿(ほうろく)を指す。
「くちすき」「口過ぎ」。「食物を得ること」から転じて、「暮らしを立てること・生計・糊口(ここう)」の意。]
ある夜、只ひとり、我家に坐するの處、密(ひそか)に、戶をたゝくの声(こへ[やぶちゃん注:ママ。])するを聞て、扉をひらけは[やぶちゃん注:ママ。]、一人の婦(ふ)、その姿色(ししよく)、美麗にして、傾國の珠(あてやか)なる。
やかて[やぶちゃん注:ママ。「やがて」。]入りて、暁明に、むかひて、礼を述(のぶ)る。
おどろきて、
「誰(たれ)。」
と問《とふ》に、
「妾(せう)は、丸山の遊女「蘭《らん》」といふものなり。君の芳名をきくによつて、敎(おしへ[やぶちゃん注:ママ。])を受(うけ)んことを願ふの日、久し。昼は、人の議論をおそるゝ故、夜にまぎれて、大膽(そつじ)に、きたりたり。」
といふ。
[やぶちゃん注:「丸山」は長崎の旧花街「丸山遊廓」として知られた町。現在の長崎市丸山町(まるやままち)及び寄合町(よりあいまち)附近に当たる(グーグル・マップ・データ)。
「人の議論をおそるゝ」他人が見かけて、噂になっては、御迷惑を掛けると恐れて。
「大膽(そつじ)に」「卒爾に」の当て訓。「突然に・俄かに」。]
暁明、
『奇なる女。』
と、おもひ、則(すなはち)、書(しよ)を取《とり》て讀(よま)しむるに、一たひ[やぶちゃん注:ママ。]誦(よみ)して了悟(さとし)[やぶちゃん注:二字へのルビ。]。
問答・辨舌、水のなかるゝことし[やぶちゃん注:総てママ。]。
暁明、大《おほい》によろこひ[やぶちゃん注:ママ。]、手を携へていわく[やぶちゃん注:ママ。]、[やぶちゃん注:「携」は異体字のこれ(「グリフウィキ」)であるが、表示出来ないので、かく、した。後に出るものも同じ処理をした。]
「斉中(さいちう)[やぶちゃん注:書斎の内。]、幸(さいわい[やぶちゃん注:ママ。])に、人、なし。汝と、いもせの交(ましはり[やぶちゃん注:ママ。])をなさん事を、ほつす。」
かの女も、暁明か[やぶちゃん注:ママ。]、年わかく、容貌(ようぎ)[やぶちゃん注:「容儀」の当て訓。]、閑麗(かんれい)なるに、心動きしや、欣然として居たりし。
[やぶちゃん注:「閑麗」上品で美しいこと。雅やかで、麗しいさま。]
これにおゐて[やぶちゃん注:ママ。]終(つい[やぶちゃん注:ママ。])に、雲と成(なり)雨と成るの情(じやう)、いとこまやかにして、暁(あけ)になりて、別れ去(さら)んとするに、蘭(らん)か[やぶちゃん注:ママ。]云(いふ)。
「妾(せう[やぶちゃん注:ママ。「せふ」が正しい。])、これより、隔夜(かくや)に來りて、枕席(ちんせき)を、すゝむべし。」
と約して、その暁(あかつき)は歸りぬ。
かくて、綢繆(ちぎり)をなすほどに、互に、恩情、厚く、膠漆(かうしつ)のことく[やぶちゃん注:ママ。]なりしが、一日(あるひ)、暁明、近邑(きんむら)にゆきて歸るに、日、くれ、雨、そぼふりて、往來のひとも見へさる[やぶちゃん注:ママ。]闇(やみ)の路(みち)、堤のうへの、木、おひ繁りし下に、十四、五歲の女の、縊(くひ)れ[やぶちゃん注:ママ。]死(し)したるもの、あり。
[やぶちゃん注:「綢繆」「ちうべう(ちゅうびゅう)」の当て訓。「睦み合うこと。馴れ親しむこと」の意。
「膠漆」「にかわ」と「うるし」。接着剤。]
[やぶちゃん注:底本の大型画像はこちら。]
「怜《あはれ》むへし[やぶちゃん注:ママ。]。何《いづ》れの家の誰が子なるや。」
と、立寄(たちより)見れば、顏色(がんしよく)、生(いけ)るかことく[やぶちゃん注:総てママ。]、手足、動くやうにおぼへしまゝ、
『いまだ、死せずやありけむ。拯(すく[やぶちゃん注:ママ。])ばや。』[やぶちゃん注:「拯(すくは)ばや」の脱字。「拯」(音は現代仮名遣「ジョウ・ショウ」)は「救う・助ける」の意。]
と、おもひ、首(くび)にまとひし絹(きぬ)を、靜(しづか)に解(とき)すてゝ、樹上(きのうへ)より下(おろ)し、その容貌を、よく見れは[やぶちゃん注:ママ。]、玉顏(《ぎよく》かん[やぶちゃん注:ママ。])、櫻桃(ようとう[やぶちゃん注:ママ。])の雨に逢(あひ)、海棠(かいどう)の露(つゆ)を帶(おび)、睡(ねぶ)れることき[やぶちゃん注:ママ。]に、愈(いよいよ)、あわれ[やぶちゃん注:ママ。]におもひ、
「かゝる美人の、可惜(あたら)はなを、ちらせし事よ。」
と、いゝ[やぶちゃん注:ママ。]つゝ、肌(はだ)を、とき、懷(ふところ)に入(いれ)、温(あたゝ)むるに、雪のことく[やぶちゃん注:ママ。]、脂(あぶら)に似て、たくひ[やぶちゃん注:ママ。]まれなる佳人なり。
[やぶちゃん注:「櫻桃」「あうたう」が正しい。この時代のそれは、双子葉植物綱バラ目バラ科サクラ属ユスラウメ Prunus tomentosa で、サクランボに似た実をつけることで知られるが、ここは、その花を指す。グーグル画像検索「ユスラウメ 花」をリンクさせておく。]
とかくするうち、一條(《ひと》すじ[やぶちゃん注:ママ。])の息、出《いだ》し、目をひらきて、暁明を見、忽ち、再ひ[やぶちゃん注:ママ。]拜して云(いふ[やぶちゃん注:ママ。])けるは、
「妾《せふ》、今日《けふ》、强盜(がうだう)のために、縊(くび)り殺されしものなるか。君の拯(すく)ひによりて、ふたゝひ[やぶちゃん注:ママ。]蘇甦(そせい)し侍《はべら》ふ事、活命(くわつめい)の大恩、濸海(さうかい)・太山(たいさん[やぶちゃん注:ママ。])、たとふるに、たらず。」
[やぶちゃん注:「濸海」「滄海」に同じ。大海。
「太山」「たいざん」。ここは「大きな山」でよい。]
暁明も、かれか[やぶちゃん注:ママ。]蘇生したるを見て、大《おほい》に、よろこひ[やぶちゃん注:ママ。]、
「汝、いつ方[やぶちゃん注:ママ。「いづかた」。]の者ぞ。」
と問。
こたへて、いわく、
「近邑(きんむら)の農夫のむすめ、名を「白露(しらつゆ)」といふ。父母、定《さだめ》て、妾(せう)を、たつねむ[やぶちゃん注:ママ。「尋ねむ」。「探しているでしょう」。]。はやく家路にかへり、ふたゝひ[やぶちゃん注:ママ。]君の住處(ぢうしよ[やぶちゃん注:ママ。])を訪(とひ)參らせ、活命の大恩を、報(むく)ひ奉らん。」
とて、堤(つゝみ)を下るを、暁明、
「我、汝か[やぶちゃん注:ママ。]家に送るべし。」
と、いへは[やぶちゃん注:ママ。]、
「君、いまだ、年(とし)、少(わか)し。妾と一所(《いつ》しよ)に行(ゆき)たまはゞ、父母(ふぼ)の意(こゝろ)に、いかゞ思ふらめ。妾、ひとり、歸らん。」
とて、終(つい[やぶちゃん注:ママ。])に、いつ地[やぶちゃん注:ママ。「何地(いづち)」。]に行(ゆき)けん、その行方(ゆきがた)を、見うしなふ。
暁明は、心に、
『一ツの陰德(いんとく)を施しぬ。』
と、よろこび、やかて[やぶちゃん注:ママ。]、家にかへりけるに、其夜、深更(しんこう)に及(およひ[やぶちゃん注:ママ。])て、斎(さい)の戶を、たゝく者、あり。
「誰(たれ)ぞ。」
と問へは[やぶちゃん注:ママ。]、
「向(さき)に、すくひたまへる女なり。」
と答ふ。
急き[やぶちゃん注:ママ。]、戶をひらけは[やぶちゃん注:ママ。]、入來(いりきた)りて、礼を述(のべ)て、たちふるまひ、甚《はなはだ》靜(しつやか[やぶちゃん注:ママ。])にして、恭(うやうやし)く、賤(いやし)しき[やぶちゃん注:「し」のダブりはママ。]ものゝ女とは思われ[やぶちゃん注:ママ。]ず。
暁明、戲(たわむれ)れて[やぶちゃん注:「れ」のダブりはママ。]いふに、
「なんじ、わか[やぶちゃん注:「し」のダブりはママ。]恩をわすれすは[やぶちゃん注:ママ。]、一夜《ひとよ》を爰(こゝ)に明(あか)さん。」
といふに、女、更に否(いな)むけしきなく、夫《それ》より、ついに[やぶちゃん注:ママ。]手を携へ、楚岫(そしう)の雲(くも)に分(わけ)まよひ、鷄《とり》、東天紅(とうてんこう)をつぐる時、起(おき)て別れんとす。
[やぶちゃん注:「楚岫の雲」「楚岫」は「楚」の国の霊山巫山(ふざん)の「岫」=「山頂」にある洞穴を指し、そこから湧き出づる「雲」の意であるが、「楚雲湘雨」の成句が元曲にあり、「男女の細やかな情交」を指す。これは遙かに古い「雲雨巫山」「巫山雲雨」で知られる故事成句に基づいたもの。「巫山」は中国の四川省と湖北省の間にある、女神が住んでいたとされる山の名で、戦国時代の楚の懐王が昼寝をした際、夢の中で巫山の女神と情交を結んだ。別れ際に、女神が「朝には雲となって、夕方には雨となって、ここに参りましょう。」と言ったという故事がそれ。]
白露か[やぶちゃん注:ママ。]いふ、
「妾、情(なさけ)の緣(くづな)に引《ひか》れ、葳蕤(いすい[やぶちゃん注:ママ。])の守を失ひて、君と結びし赤縄(ゑん[やぶちゃん注:ママ。]のいと)の、絕(たへ[やぶちゃん注:ママ。])せず、訪ひ(とふら)ひ來《きた》るべし。穴(あな)かしこ、人に、な、洩(もら)し給ふな。」
と。
[やぶちゃん注:「葳蕤」歴史的仮名遣は「ゐすい」が正しい。この場合は、「草木の花が咲き乱れるさま」を言い、処女の持つ清廉な操(みさお)を指していよう(この熟語には単子葉植物綱キジカクシ目キジカクシ科スズラン亜科アマドコロ連アマドコロ属 Polygonatum を指す意味があるが、ここは違う)。]
暁明、聞(きゝ)て、
「わが斎中、外に、人、なし。誰(たれ)にか洩しなん。但(たゞ)、ちかきあたり、靑楼の遊女(いふ《ぢよ》)、『蘭』といへるか[やぶちゃん注:ママ。]、隔夜(かくや)に、我許(もと)に來(きた)る。かれか[やぶちゃん注:ママ。]、來らざる夜は、汝、ひそかに來り候へ。」
白露、心やすくおもひ、また、袖のうちより、一匹(いつひき)の白練(しろねり)、とり出《いだ》し、暁明に、あたへて、云《いふ》。
「君、独り居《ゐ》て、徒然(つれつれ[やぶちゃん注:ママ。後半は底本では踊り字「〱」。])なる時、此きぬを、とり出《いだ》して、弄(もてあそ)び給ふならは[やぶちゃん注:ママ。]、自(みづか)ら、情(こゝろ)を慰むる種(たね)と成《なる》べし。」
と。
終(つい[やぶちゃん注:ママ。])に、たち出《いで》て行《ゆき》ぬ。
是より、暁明、獨坐(ひとりざす)とき、徒然のおりおり[やぶちゃん注:ママ。後半は底本では踊り字「〱」]は、かの絹を、とり出して弄ふときは、忽ち、白露、外より、きたる。
怪(あやし)んて[やぶちゃん注:ママ。]、そのゆへ[やぶちゃん注:ママ。]を問《とふ》に、しら露、打(うち)わらひ、
「君か[やぶちゃん注:ママ。]寂莫(つれつれ[やぶちゃん注:ママ。後半は底本では踊り字「〱」。])の情(こゝろ)、妾か[やぶちゃん注:ママ。]誠(まこと)の心に徹(てつ)し、偶然、(おもはず)、來り見へ參らす。これ、すく世《せ》の奇緣なり。」
暁明、聞て、「まことや。『曾子か[やぶちゃん注:ママ。]至孝成(なる)、他(た)に出《いで》て、歸らざるとき、その家に、客(かく)、來《きた》る。曽子(そうし)か[やぶちゃん注:ママ。]母、『曾子か[やぶちゃん注:ママ。]歸り來よかし。』と思ふて、指を、自(みつか[やぶちゃん注:ママ。])ら咬(かむ)ときに、曾子、俄(にはか)に驚悸(むなさはぎ)し、家に歸る。』と、書(しよ)に見えたり。是(これ)、母至(ほし)[やぶちゃん注:ママ。せめて「母の思ひの至れるにて」ぐらいにはして欲しい。相手は十四、五の小娘だぜ?]、誠(せい)の感ずる處。それは孝行、是は恩愛。そのあとは、異(こと)なれども、誠(まこと)は、同じ理(ことは[やぶちゃん注:ママ。])り。」
とて、少しも疑はずして、是より、同床《どうしやう》の和好(ちきり[やぶちゃん注:ママ。])、いやましに、
「二人の愛着(《あい》ぢやく)を、海にくらふれは[やぶちゃん注:総てママ。]、濸溟(そうかん[やぶちゃん注:ママ。無茶苦茶な読みやなぁ。])も淺く、山に喩(たとふ)れば、崑崙(こんろん)、高きにあらず。あるひ[やぶちゃん注:ママ。]は、膠(にかわ[やぶちゃん注:ママ。])と漆(うるし)、いまた[やぶちゃん注:ママ。]堅(かた)からず。」
と、わらへば、
「魚(うを)と水(みづ)、なを[やぶちゃん注:ママ。]、親(した)しとするに、足(たら)ず。」
と、あさけり、心肝(しんかん)、割(さき)がたきを、うらみ、肌肉(ひにく)、皮(かわ[やぶちゃん注:ママ。])を隔(へだ)つを、憾(かこて)り。
一夜(あるよ)の私語(さゝめこと)に、白露、問《とひ》ていわく、
「君か[やぶちゃん注:ママ。]愛(あひし[やぶちゃん注:ママ。])たまふ情(こゝろ)、かの遊女と、妾(せう)と、いつれか、まさる。」
こたへて云(いふ)。
「汝に、しかず。」
又、問。
「容貌、妾と蘭と、くらべは[やぶちゃん注:ママ。「ば」であろう。]、如何(いかん)。」
暁明、いふ。
「紅桃(こうとう[やぶちゃん注:ママ。])・素李(そり)、いつれ[やぶちゃん注:ママ。後も同じ。]をか、捨(すて)、いつれを、取(とら)ん。さは、いへ、蘭女(らんぢよ)は、肌(はだへ)、溫(あたゝ)かにして、かの合德(がつとく)が温柔乡(おんしうきう[やぶちゃん注:ママ。])も、是には過じとおもほゆる。」
[やぶちゃん注:「德」は底本では異体字のこれ(「グリフウィキ」)だが、表示出来ないので、正字で示した。「乡」は「鄕」の異体字である。
「素李」双子葉植物綱バラ目バラ科スモモ亜科スモモ属スモモ Prunus salicina の花か。グーグル画像検索「Prunus salicina 花」をリンクさせておく。
「合德が温柔乡」「合徳」は前漢第十一代皇帝成帝の妃趙合徳。「中国史・日本史メイン 非学術イラストサイト」の「史環」のこちらによれば、『合徳は』『豊満な体を誇る女性で』、『成帝は彼女を「温柔郷」と呼び、彼女の体に溺れてい』ったとあり、『やがて成帝が病にかかって精力が衰えると、シン卹膠(シンジュツコウ)という精力剤を使って帝と閨を共にしてい』たが、『あるとき、一粒でよいところを酔った勢いで七粒も服用させてしまい、そのため帝はそのまま崩御してしまったとされて』おり、しかし、『合徳は取り調べに際し』、『「私は帝を赤児のように扱い、世を傾けるほどの寵愛を受けた。今更帝との房事について言い争うことなどするものか。」と言い、胸を叩いて憤死したという』とあった。なお、「溫柔鄕」は歴史的仮名遣で「をんじうきやう」であり、現行では、「遊里・花柳界」を指す一般名詞となっている。]
白露、聞(きゝ)て、悅ばさる[やぶちゃん注:ママ。]風情(ふぜい)ありて、云(いふ)。
「しからば、妾(せう)、蘭女には、及ばし。遮莫(さもあらば)、渠(かれ)、いかなる美人なれば、かくばかり、君の譽(ほめ)給ふぞや。もし、明夜《みやうや》、來りなは[やぶちゃん注:ママ。]、妾、ひそかに、その容色を、うかゝひ[やぶちゃん注:ママ。]見ん。必、漏し給ふな。」
と、約してぞ、かへりける。
こゝに、蘭は、夜を隔てゝ、暁明かたに來《きた》る事、已に、二、三月《ふた、みつき》におよび、その夜も、來り、枕を幷(なら)べ、私語の序(すいで[やぶちゃん注:ママ。])に、蘭か[やぶちゃん注:ママ。]いふは、
「不審や。君、此ほど、形容(かたち)、甚た[やぶちゃん注:ママ。]焦枯(しやうこ)して、精神(こゝろ)、蕭索(つかれ[やぶちゃん注:「疲れ」。])見え給ふ事、日こと[やぶちゃん注:ママ。「ごと」「每」。]に、まさる。是、蠱惑(こわく)の病(やまひ)なり。定《さだめ》て、妾《せう》》か[やぶちゃん注:ママ。]外《ほか》に、相逢(《あひ》あふ)ものゝ、あるならん。」
[やぶちゃん注:「蠱惑の病」人の心を妖しい魅力で惑わし誑かす霊的な外因性の危険な病いを指している。]
暁明、云《いふ》。
「此事、さらに、覺へす[やぶちゃん注:ママ。]。」
蘭、その時、脉(みやく)を診(しん)じ、大《おほき》におどろきて云けるは、
「妾、幼きより、醫の道を、ならひ、人の病(やまひ)を見る事を、さとしぬ。今、君の脉を診(しん)するに、これ、鬼症(きしやう)の沈病(やまひ)[やぶちゃん注:二字へのルビ。]なり。[やぶちゃん注:ここには、「然るに」ぐらいは、入れて欲しいぞ!]『何そ[やぶちゃん注:ママ。]覺へなし。』と宣(のたま)ふ。恐らくは、後(のち)、ついに[やぶちゃん注:ママ。]君か[やぶちゃん注:ママ。]身、危(あやう)きに至らんか。妾、なを[やぶちゃん注:ママ。]、明夜《みやうや》、藥をもとめ、來《きた》るべし。」
とて、辞(じ)し、出行《いでゆき》ぬ。
[やぶちゃん注:「鬼症(きしやう)の沈病(やまひ)」「何らかの霊鬼或いは死霊に接触することによって発症した長く癒えることのない重い病い」の意。]
[やぶちゃん注:右幅の女が「蘭」である。暁明の手元に、白露の渡した絹布がある。左幅は、正体を現して去ってゆく髑髏化した「白露」である(最初の幅の服の模様が同じ)。無惨! 底本の大型画像はこちら。]
そのとき、暁明、かの絹を弄(らう)すれは[やぶちゃん注:ママ。]、白露、やかて[やぶちゃん注:ママ。]入來《いりきた》りたる。
「汝、蘭か[やぶちゃん注:ママ。]すがたを、伺ひしや。」
と、問《とふ》。
白露、いふ。
「然(しか)り。まことに、古今、たぐひなき美人、なかなか、人間とは思わ[やぶちゃん注:ママ。]れねば、妾、竊(ひそか)に、かれか[やぶちゃん注:ママ。]歸る跡を、とめて[やぶちゃん注:尾行して。]、したひ行《ゆく》に、南山(なんざん)の狐窟(こくつ)に、入《いり》たり。かれは、野狐(のきつね)の精(せい)なる事、疑ひなし。きみ、近つけ[やぶちゃん注:ママ。]給ふべからず。」
暁明、笑《わらひ》て云《いふ》。
「かれかことき[やぶちゃん注:総てママ。]艷色(ゑんしよく[やぶちゃん注:ママ。])、よしや、狐にもあれ、我、おそれず。汝、さのみ、な、妬(ねた)みぞ[やぶちゃん注:ママ。「そ」。]。」
とて、白露が手を携へ、閨(ねや)に、いさなふといへども、白露、少しも、悅ばす[やぶちゃん注:ママ。]。
やゝ黙然(けんぜん[やぶちゃん注:ママ。底本の異なる「初期江戸読本怪談集」では『てんぜん』とする。私には私の底本では、の崩しは絶対に「て」には見えない。ただ、彫師が「黙」を「㸃」と誤認して誤刻した可能性はあるようには思う。])として居けるが、「君、かの野狐の精を愛し給はゝ[やぶちゃん注:ママ。]、妾、誠(まこと)を盡(つく)すとも、その甲斐、なからん。」
と、ふかく、怨(うらみ)し顏色(かんしよく[やぶちゃん注:ママ。])にて、別れてぞ、出行《いでゆき》けり。
[やぶちゃん注:本篇は、丸山遊廓の蘭が、実は女狐の化身であり、「白露」が最後に死霊であることが示唆されている。しかし、どうも、この話、語りの中の表現やシチュエーションに、何とも言えず、中国的なニュアンスがちりばめられていることに、一読、思われる人が多いはずである。学のある狐の女妖怪の定期の訪問というのは、如何にも日本的ではなく、極めて中国的なのである。しかも、その女狐が主人公を救おうとするというプロセスも日本の妖狐譚ではメジャーなものではない。実は、これは、私の偏愛する清初の蒲松齢の文語怪異小説集「聊斎志異」の中の一篇「蓮香」を翻案(但し、かなり、展開の改変が行われてあり、理屈がつくように外堀を埋めた部分が却って無理を感じさせて、それが全体に怪奇談の流れを澱ませてしまっているように私は感じる)したものである。絶妙な自在な訳で知られる柴田天馬訳「定本聊斎志異」巻六(一九五五年修道社刊)の当該話をリンクさせておく(電子化しようと思ったが、少し長いので、今回は諦めた。ちょっと疲れているから。悪しからず)。主人公の名は「桑(さう)秀才」であるが、名は『曉(げう)』で『字を小明』と称し、本篇の主人公の名もそこから改名してあるので、誰が見ても判然とする。
なお、本篇は「巻之二」の「狐鬼 下」に続いており、これで終わりではない。]
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