佐々木喜善「聽耳草紙」 一六二番 長頭廻し
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。標題と本文で「廻」「𢌞」が混ざっているのはママ。]
一六二番 長頭廻し
或村へ代官が來て泊つた。ところが代官が、鰌《どじやう》の脊負ひゴボウ[やぶちゃん注:ママ。歴史的仮名遣は「ごばう」。]を食べたいと言つたので、村の人達は鰌をとつて來て、その鰌の脊に面倒な手數をかけて一々牛蒡を結びつけて煮て、代官の前へ出した。代官はそれを御苦勞々々々といつて賞美した。
さて翌朝になると、役人の一人が宿の者にテウヅ(手水)をまわせと言ひつげた。さあ村の人達は何のことだか分りかねて、早速足早の者をお寺の和尙樣の所にやつて、其事を判斷して貰つた。和尙樣も一寸やそツとでは解らぬので文選字引《もんぜんじびき》を出したり三世相《さんぜさう》を出したりして、やつとテウヅとは長頭《ちやうづ》だと謂ふ事が分つた。そこで骨折つて村中での長頭の者を探し出し、其男に袴をはかせて、尻に膳を結びつけて代官の前へ差出《さしだ》した。役人は其を見て、いやいやこれではない。テウヅをまわせと言つた。すると長頭の男は、ハイとかしこまつて長い頭を一生懸命に汗を流してぐるぐると𢌞した。しまひに役人が、いやいやテウヅとは顏を洗ふ水の事だと言つて聞かせたので、初めて村の人達は意味を悟つた。
[やぶちゃん注:「文選字引」江戸時代からあった、音韻と意味を記した辞書の一種。
「三世相」仏教の因果説、卜筮(ぼくぜい)の法、陰陽家の五行相生・相剋の説とを交えて、人の生年月日・人相などから、過去・現在・未来に亙る三世の因果・吉凶・善悪を判断する占い書。唐の袁天綱の著を元とし、本邦では、江戸時代にその通俗書が、多く、出た(小学館「日本国語大辞典」に拠った)。]
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