佐々木喜善「聽耳草紙」 一四四番 物知らず親子と盜人
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここ。標題の「盜人」は「ぬすびと」と訓じておく。]
一四四番 物知らず親子と盜人
或所に物は分らないが正直な親子三人が、寺の門前に住まつて板。或る時親父が錢百文持つてお寺の和尙樣のところへ行き、和尙樣し和尙樣し、何でもよいから話を敎へてクナさいと賴むと、
そろりそろり來たわいナ
とこれだけ敎へた。次に母親(アツパ)が矢張り錢百文持つて行つて、同じことを云つて賴むと、
そのまゝそこに立つて居る
とこれだけ敎へた。次に息子が行つて同じやうにして賴むと、こんどは、
その者逃がすな追ひかけろ
ズツテン、ズツテン
と、斯《か》う敎へた。そこで親子三人は每日每夜其を繰り返して語つて居た。[やぶちゃん注:底本では句点だが、「ちくま文庫」版の読点を採用した。]ところが或夜その家へ泥棒が入つた。すると父親(トヽ)が、
そろりそろりと來たわいナ
といきなり言つた。[やぶちゃん注:底本では句点だが、「ちくま文庫」版の読点を採用した。]それを聽いた泥棒は二の足を踏み出しかねて居ると、それに續いて母親《かか》が、
其まゝ其所に立つて居る
と叫んだ。泥棒は氣味惡くなつて、後《うしろ》を向いて逃げ出さうとすると、息子が、
其者逃がすな追ひかけろ
ズツテン ズツテン
と叫んだ。泥棒はアワ食つて[やぶちゃん注:底本では「て」はなく、空白(恐らく誤植)であるが、同前で訂した。]一目散に逃げて行つた。
(佐々木緣子氏の御報告の分の八。)
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