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2023/07/27

佐々木喜善「聽耳草紙」 一八三番 きりなし話(五話) / 佐々木喜善「聽耳草紙」正規表現版・オリジナル注附~完遂

[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。

 なお、これを以って本書は終わっている。]

 

      一八三番 きりなし話

 

        橡の實(其の一)

 或所の谷川の川端に、犬きな橡《とち》の木が一本あつたヂも、其橡の木さ實がうんと鈴なりになつたヂもなア、其樹さ、ボフアと風が吹いて來たヂもなア、すると橡の實が一ツ、ポタンと川さ落ちて、ツプン[やぶちゃん注:「ちくま文庫」版は『ツブン』であるが、ガンマ補正をかけて検証した結果、明かに半濁音であった。前後からもこれだけが濁音なのは、民譚のリズムからもおかしいと判断する。]と沈んで、ツポリととんむくれ(轉回)て、ツンプコ、カンプコと川下の方さ流れて行つたとさ……

  (斯《か》ういふ風にして、其大きな橡の木の實が
   風に吹かれて、川面に落ちて一旦沈んで、そして
   又浮き上つて、そこから流れてゆく態《さま》を、
   際限なく語り續けてゆくのである。)

 

        蛇切り(その二)

 或所に爺樣があつたとさ、山さ行つてマンプ(堤狀の所)を鍬で、ジヤクリと掘ると、蛇が鎌首《かまくび》をべろりと突《つ》ン出したとさ。だから爺樣はそれをブツツリと切つたとさ。すると又蛇がべろりと出たとさ。爺樣ぱそれをブツツリと切つたとさ。又蛇がべろりと出たとさ。そこで、

   蛇はのろのろ

   爺樣はブツツリ

   のろツ

   ブツツリ…

(之れも斯ういふ風に際限なく續くのである。これは重《おも》に[やぶちゃん注:ママ。]童子達《わらしたち》に、昔話昔話とせがまれるが、話の種も每夜のことなれば盡きてしまつた困つた時に、爺婆が機轉を利かして、臨機應變、卽興的に作話したものの中《うち》比較的優秀なものが後世に殘つたものであらう。此種のものが數種殘つて居る。)

[やぶちゃん注:附記は、ポイント落ち字下げをやめて、引き上げた。]

 

        蛇の木登り(其の三)

 昔アあつたジもの…家の門口《かどぐち》に大きな梨の木が一本あつたどさ。すると其木さ、大きな大きな長いイ長いイ蛇がからまつて、のろのろのろツ…と登つたと。

   そして、今日もノロノロ…明日もノロノロ…

  (和賀郡黑澤尻町邊の話。妻の幼時の記臆。)

[やぶちゃん注:本文最後の行の四字下げはママ。

「和賀郡黑澤尻町」現在、岩手県北上市黒沢尻(グーグル・マップ・データ)があるが、旧町域は遙かに広い。「ひなたGPS」の戦前の地図を確認されたい。]

 

        爐傍の蚯蚓(其の四)

 或童(ワラシ)アいつもかつも爐(ヒボト)の灰(アク)を堀る[やぶちゃん注:ママ。以下同じ。「掘る」。誤字だが、近代の小説家でもよく慣用する。]癖があつた。[やぶちゃん注:読点であるが、「ちくま文庫」版で訂した。但し、これ以降はリズムから底本に従って訂していない。]或時いつものやうに灰を掘ると、灰の中から蚯蚓《みみず/めめず》がペロツと出たジ。それをそこで父親ア使つて居た毛毮《けむしり》コ(小刀)で、ちヨきツと切つたと、するとまたペロツと出たと、またちヨきツと切つたと。またペロツと出たと、またちヨきツと切つたと…

  (我の子供等の記憶。祖母から聽いたものである。)

 

        シダクラの蛇(其の五)

 ある童(ワラシ)ア裸體(ハダカ)で外へ步く癖があつたト、いつものように裸で外へ出ると、[やぶちゃん注:底本は句点であるが、「ちくま文庫」版で訂した。]シダクラ(石積《いしづみ》)の石と石の間から眞赤(マツカ)な蛇が面《つら》出して見て居たド、そだから毛毮(ケムシリ)コ(小刀)で、チヨツキリと切つたト、すると又ペロツと出たと、又チヨツキリと切つたト、又ペロツと出たト、又チヨツキリ切つたト…

(これらの話のキリは、話手が適宜にやる。そして遂々《たうとう》蛇の尻尾を切り上げたり、大風がバフアツ [やぶちゃん注:一字空けはママ。]とヒトカエリ(一時)に吹いて來て、サツパリ、カツパリ橡の實をバラバラと川面に吹き落してしまつたりする。)

(此の類の話には、「雁々《かりかり/がんがん》ギツギツ」「山の木の算(カゾ)へ」「田の蛙」などがあつた。かなり重複して面倒くさいから、その梗槪だけを話すと、五月頃の眞暗い夜、

   行グ行グ行グ

と雄蛙が向ふの田で啼くと、こちらの田の中では雌蛙どもが、

   ゴジヤラばゴジヤレ おココロモチよ

と夜徹し鳴くのであるから、いゝ加減に童子達も倦《あ》いて、眠くなるのである。)

(又前の橡の木の話は、下閉伊郡安家にあつた。(栗川久雄氏)なほ岩手郡雫石村にもあることを田中喜多美氏が報告してゐる。それによると、昔、或所に、お宮があつて、大きな栃の木があつた。木に實がタクサンあつた。そして風がドウと吹いて來ると、栃の實がポタリと落ちて、ゴロゴロゴロと轉《ころが》ると、其の根もとから、蛇が一匹ペロペロと出て這ひ𢌞つた。すると一疋[やぶちゃん注:底本は「一足」。「ちくま文庫」版は『一匹』であるが、私は「疋」の誤植と判断して、かく、した。]のカラスがガアと啼いて來る。又ドウと風が吹くと栃の實が、ボタリと落ちてゴロゴロと轉《ころが》る。その根元から、一匹の蛇がベロベロと出て逃げ、そこへ東の方からカラスがガアと鳴いて來る、と云ふのであつた。)

[やぶちゃん注:この最終話の本文は、底本は句読点が「ちくま文庫」版と比べると甚だしく異なる。しかし、全体のリズムを考えて、今回は、一箇所を除いて、いじらないこととした。また、附記は長いので、ポイント落ち字下げをやめて、引き上げた。]

 

 

聽耳草紙(をはり)

 

[やぶちゃん注:以下、奥附あるが、リンクに留める。]

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