梅崎春生「つむじ風」(その5) 「人間器械」
[やぶちゃん注:本篇の初出・底本・凡例その他は初回を見られたい。]
人 間 器 械
違い棚のオメガの置時計が、十二時二十分前を指していた。そこは十畳の書斎になっていて、真中には黒檀(こくたん)の机がでんと置かれ、傍の小机には本や雑誌や書類のたぐいが山と積まれていた。
小説家の加納明治は、書き終えた原稿を角封筒に入れ、原稿箱の中にポイとほうり込んだ。そして小机の引出しから日記帳を取り出し、黒檀机の上にひろげながら、ちらと置時計の方をみた。
加納の就眠時間は十二時と決まっているから、いや、決められているのだから、残すところ二十分が彼の自由時間であった。
まったく小説家加納の自由になる時間は、一日の中[やぶちゃん注:「うち」。]ちょっとしかない。一日の段どりがきちんと決められていて、眼かくしをされた馬車馬みたいに、そのスケジュールに従って労働せざるを得ないのである。小説を書くことは、加納にとって、すでに労働であった。頭脳の労働というより、筋肉労働という方に近かった。
加納はペンをとり上げた。
『八時起床。酵素風呂に入り朝食』
起床時間と酵素風呂入りは、毎日の行事だから、書く必要はないのだが、つい形式上そう書いてしまう。
[やぶちゃん注:「酵素風呂」正式には、サイト「ホットペッパービューティー」の「酵素風呂・酵素浴とは?」によれば、『ヒノキパウダー(ヒノキのおがくず)や米ぬかなどの有機物を発酵させ、その発酵熱で体を温める乾式温浴のことを「酵素風呂(酵素浴)」と呼びます。自然発酵の熱が全身をじっくり包んでいくので、水を使用するお風呂より体への負担が少なく、体の芯から温まるのが特長です』。『発汗作用により老廃物の排出を促進させ、新陳代謝が活発になるというデトックス効果が期待できます。また、肌の保湿、血行促進による冷え性改善や肩こり・腰痛の緩和、花粉のお悩み軽減など、健康的な体へ導くさまざまな効果・効能を感じることができます』。『良い効果がこれほどたくさんあるというのが酵素風呂(酵素浴)の魅力的なところです』とあるが、これを当時は勿論、現在でも、通常の家庭で行うのは、なかなか大変である。私は単に「酵素」を含んだ入浴剤を風呂に入れるものだろうと踏んでいた。一応、こう注記しておく。]
『天気』
と書いて、加納は小首をかしげた。今日は晴れか曇りか雨だったのか、覚えていなかった。加納の日常は、それほど天気と関係なかったのだ。加納はペンを置いて立ち上り、窓をあけて空を眺めた。空にはたくさんの星がチカチカと光っていた。加納は納得した表情になって机の前に戻って来た。
『天気快晴。朝食。果汁、半熟卵、とーすとぱん、
まーまれーど。午前中仕事。
昼食。野菜入りイタメウドン(粉ちーずカケ)野
菜どれっしんぐ。果物盛合(おれんじ他)。昼食後
仕事。
夕食。ぽたーじゅすーぶ、こーるみーと(牛肉、
はむ)とまと、キューリ、ふるーつさらだ、強化ぱ
ん、よーぐると。
夕食後ニ、タマニハ和風ノ食事ヲトリタシト、塙
(はなわ)女史ニ申シ込ム。夕食後仕事』
毎日の献立は塙女史が決める。加納の好みはほとんど入れられないのである。何故ならば、毎日の食餌は加納の好みを充たすためのものでなく、加納の健康を保持させるためのものであるからだ。
毎朝の酵素風呂入りも、やはりそのためのものであった。
塙女史の説によると、酵素というやつは熱を下げる働きがある由で、かつ大腸菌、ブドウ状菌、その他有害菌を殺菌する力を持っている。神経痛やリューマチスにもよく効き、胃や肝臓や腎臓のためにもいいというのだから、小説家のような座業者には、打ってつけの湯なのである。
そういうありがたい湯であるから、加納はよろこんで毎朝入湯しているかというと、必ずしもそうでなかった。ことに近頃彼はある種の嫌悪を酵素風呂に感じ始めている。
自発的に入湯するのではなく、強制的に入湯させられるのが、その理由のひとつでもあった。彼の嗜好に奉仕しているのではなく、彼の健康だけに奉仕していることが、面白くないのである。
日記帳をパタンと閉じると、加納は急にするどい眼付きになって周囲の気配をうかがった。そして本棚の本のうしろから、ごそごそとウィスキーの角瓶を取り出した。塙女史にも秘密のかくし場所であった。
ウィスキーのことなどが塙女史に知られては大変だ。懇懇と説得された揚句、取り上げられるにきまっている。
塙女史が加納家にやってきたのは、今から丁度(ちょうど)二年前になる。
その時加納明治は四十八歳であった。四十八歳にして、彼は糟糠(そうこう)の妻と別れた。
別居の直接の原因はなかった。ただ何とはないあせりみたいなものが加納にあって、そこで合議の上、別居することになったのである。四十八歳とは、男性にとってかなり危険な年齢なのだ。
「別居しよう」
「ええ。そうしましょう」
と、さばさばと別居して、加納は二十年ぶりに新鮮な自由感を味わった。彼は考えた。(そうだ。この自由感こそが、創作の源泉だ。もっと早く気がついて別居すればよかったなあ)
自由感は取り戻したものの、いざ妻がいなくなって見ると、身のまわりの世話をする人が、どうしても必要になってくる。
そこで加納はいろいろ考えた揚句、新聞広告を出した。
『秘書兼助手ヲ求ム。当方小説家』
かなり多数の人々が応募してきた。
『女性ニ限ル』という断り書きをつけるのを忘れたので、その半数は男性であったが、野郎ではどうにもならない。
六十歳前後の老人も交っていたが、おそらくそれは停年退職後のアルバイトのつもりで、応募してきたのだろう。
加納の条件は、若くて聡明な女性で、いろいろと細かいことに気が付き、しかもやさしいというのであるが、そうそう条件に合うような女性はいるものでない。
あれこれ詮衡(せんこう)の結果、塙佐和子という女性を、加納は採用することにした。
塙佐和子はその時三十四歳、若いという条件には欠けていたが、フチナシ眼鏡なんかをかけ、つめたいような美貌の持主で、一見三十そこそこに見える。
某女子大学の英文科の卒業で、卒業後は某能率研究所、栄養研究所、某ドッグ・トレイェング・スクール、某大学心理学研兜室などの勤務を経めぐって来ている。スマートなスーツをパリッと着こなしているし、言葉もきれいで丁寧なので、その点も加納の気に入ったのである。
「僕は小説書きだし、生活もだらしない方なんでね。遠慮せずピシピシやって下さいよ」
今考えると言わないでもいいことを、いや、言うべきでなかったことを、加納は塙女史に言った。
「何もかも、僕の生活の全部、箸の上げおろしから友達付き合いまで、あなたに任せることにするから、よろしくやって下さい。つまり、この僕をして、如何にして良き小説をたくさん生産させるか、そこに重点を置いて、いろんな計画を立てて下さい。もし僕がぐずぐず言うようだったら、ひっぱたいてもいいですよ。僕という人間より、小説が大切!」
まったく余計なことを言ったものだ。
「はい。かしこまりました。先生」
塙佐和子はしずかに答えた。
「先生をして、良き小説を書かせることに、全力をつくしますわ」
「よろしい。それから僕は、あなたのことを、女史、あるいは塙女史と呼ぶことにします。他の呼び方は、とかく日本的陰翳(いんえい)を帯びていて、面白くない。女史、ならサッパリしているからねえ」
加納明治に対する塙女史の世話の仕方は、最初のうちは実に献身的であった。いや、今でも献身的なのだが、献身ぶりがすこし違っていた。
初期の塙女史の献身ぶりは、今のとくらべて、実にういういしく、やさしかった。恋人的ですらあった。恋人的であり、母親的であった。
だから加納は最初は全く満足していた。生話の周辺にさまざまの改革がほどこされたにもかかわらず、四十八歳の加納はそれに満足していた。快適ですらあった。
人間も四十八歳ぐらいになると、外界の変化をあまり好まないものであるが、それが快適に感じられたのだから、どんなに恋人的であり、母親的であったかが判る。
(生活の形を変えるのも、なかなか新鮮な感じのするものだわい)
改革はあらゆる方面において、少しずつ進行していた。
たとえば、食生活。
今までみたいな不規則な食事は改められた。味よりも栄養を主としたものに変えられた。なにしろ彼女は、栄養研究所で働いていたこともあるのだから、その方面はお手のものなのである。
睡眠時間も、ドンピシャリ八時間。それより多くても少くてもいけないのだ。夏期にはそれに一時間の昼寝が加えられる。
よほどの事情がなければ、十二時就寝の、八時起床。
それまでは仕事や遊びの関係で、徹夜したりするようなこともあったが、一切それは禁止となった。徹夜なんか能率が悪いという女史の説なのである。かつて能率研究所にも勤めていたんだから、加納も反駁(はんばく)出来ない。
では、どうしても徹夜をしなければならぬ仕事があれば、どうするか。
それは安心である。塙女史がそんな仕事を拒絶するからだ。仕事を引受けたり断ったりすることも、塙女史の任務になっていた。加納にオーバーワークさせないように、女史は万全の注意を払うのである。
八時起床の十二時就寝、毎日毎日そんな生活をしていると、今までと違って、だんだんメシが旨くなってきた。それはそうだろう。
そのかわりに、酒と煙草の量は制限ということになった。
これも塙女史の最初の試案では、全面的禁止ということであったが、いくら改革を快適だと思っていた加納も、それには言葉を尽して反対した。
「そ、そりゃ困るよ。いくらなんでも全面的禁止とは、僕は生きている甲斐がない」
酒も煙草も百害あって一利なし、という塙女史の主張も、加納の必死の頑張りにあって、部分的制限ということに落着いた。
煙草は一日に十本。
酒は週に二回。一回が二合。ビールならば二本。
不用の外出もやがて禁止されることになった。
小説の取材という外出には、塙女史もついて来るのだから、存分に羽根を伸ばすというわけには行かない。
住まいも政革された。便所も腰掛式となった。しゃがみ式は身体に悪いというのである。
塙女史は改革のたびに、やさしい声で言うのである。
「ねえ。先生にいい仕事をしていただくためには、あたし、どんなギセイでも払いますわ」
塙女史の理想主義的な改革ぶりに、最初は満足していた加納明治も、その改革がだんだん進行発展して行くにつれて、そろそろあわてざるを得なかった。
塙女史は何年計画かで改革を成就(じょうじゅ)させるつもりらしく、いきなり一挙の改革には出ないが、徐々に、確実に、ことを運んで行くのである。
彼女は心理学研究室にも勤務していたことがあることゆえ、そのへんの呼吸はよくのみ込んでいるらしい。
しかし、いくらのみ込んでいても、理想主義的やり方というものは、とかく現実と衝突するものだ。
あぐらをかいて仕事をするよりは、腰かけて仕事をする方が、身体のためにもいいし、能率的だ。その主張にもとづいて、卓子と椅子をあてがわれ、加納は大いに難渋した。長年あぐらが習慣になっているので、椅子では全然仕事が出来ないのである。
「やっぱり椅子はダメだよ。塙女史」
加納はついに悲鳴を上げて、塙女史に嘆願した。
「椅子では全然頭が動かないよ」
「それはへんですねえ」
塙女史は眉をひそめた。
「でも、仕事が出来ないとおっしゃるのなら、仕方がありませんねえ。では、先生、元のお机にいたしますから、いい仕事をなさって下さいませ。でも、時々は椅子にかけて、椅子に慣れて下さいませね。トルストイだってカミュだって、あぐらをかいては仕事しませんでしたわ」
一日の中の時間の割当ても、最初はゆるやかに含みを持たせていたが、その中だんだんきびしくなってきた。
八時間の睡眠、八時間の労働。のこりの八時間が、食事や入浴や散歩や読書や外出。その割当てをキチンと守るのである。いや、守らされるのである。
いい仕事をしていただくために、という大義名分があるのだから、加納はふくれ面をしながらも従わざるを得ない。
それに、最初に彼女と契約した時に、ピシピシやって欲しい、言うことを聞かねばひっぱたいてもよろしい、という言質[やぶちゃん注:「げんち」。]を与えている。今さらそれを変改するわけには行かないのだ。
塙女史を秘書兼助手として雇い入れて一年間を過ぎた頃から、加納家の主導権は完全に彼女に握られてしまっていた。いつの間にそうなったのか、ほとんど判らないような微妙なやり方で、塙女史はその位置についていたのである。
そのうちに加納は、自宅では編集者と会うことも、一切なくなってしまった。一切を塙女史が代行するからである。加納は塙女史から、今月はこれこれの仕事をしなさいと伝達され、唯々諾々(いいだくだく)として制作に従事するのである。
来客ですらも、塙女史が先ず会って、仕事中であれば、どんなのでも追い返してしまうのだ。加納がそれに異議をとなえても、
「僕自身よりも仕事が大切。先生はいつかそうハッキリおっしゃいましたわ」
と塙女史は一蹴してしまう。
こうして改革が次第に進行して行くにつれて、加納はだんだん憂鬱になってきた。そろそろ自分が人間でなく器械にでもなったような気がし始めてきたのだ。
こういうわけで、加納明治は人にもろくに会えないのである。朝起きてから夜寝るまで、目にしたのは頃女史だけ、という日も少くなくなってきた。
前述の如く、八時間睡眠、八時間労働だから、残る時間はまだ八時間あるわけだが、その八時間もなかなか自分の自由にならない。
運動といえば、庭の芝生に出て体噪や繩飛びをするとか、あるいは散歩。散歩には必ず塙女史がついてくる。
塙女史が設計した理想主義的生活が、しだいに確乎とした形をとり始めた頃から、加納明治は次第にへこたれてきた。毎日毎日が辛抱出来なくなってきた。
身体の方は、規則正しい生活と栄養食によって、たいヘん調子よく強健となり、また頭脳の働きもグルタミン酸、ビオチン、カルシューム、燐(りん)などの適量の摂取により、俄然明晰となってきたのだが、精神そのものがへこたれてきたのである。
[やぶちゃん注:「ビオチン」(biotin)はビタミンB群に分類される水溶性ビタミンの一種で、ビタミンB7とも呼ばれるが、欠乏症を起こすことが稀なため、単にビオチンと呼ばれることも多い。栄養素のひとつ。古い呼称でビタミンH、補酵素R(当該ウィキに拠った。欠乏症その他はそちらを参照されたい)。]
いくらいい仕事をするためとはいえ、酒、煙草その他嗜好品の制限、無用の外出の禁止などと言うことは、人間としては辛抱出来かねるのだ。
ある日の夕方、丁度(ちょうど)その日は飲酒日であったので、加納は神妙にちびちびと盃を傾けていた。場所は台所で、以前はそこは単なる台所であったのだが、塙女史の改革方針にそって徹底的に大改造、今ではリヴィングキチン[やぶちゃん注:ママ。]になっている。リヴィングキチンの丸椅子に腰をおろして、酒を飲むなんて、まことに味けがない。青畳の上に大あぐらをかいて、スダコか何かでキュッとやりたいのだが、この方が能率的であり、衛生的であるというのだから、余儀ないのである。
「ねえ。塙女史」
調理台に向って料理をこしらえている塙女史に向って、加納は声をかけた。
「毎日の散歩のことだがね、あれはあまり意味がないと、僕は思うんだがね」
「何故でございますの?」
調理の手を休めて、塙女史は顔を振り向けた。
「何故かというとだね、散歩というやつは、ただ歩くだけで、目的がない。何か用事があって歩くというのなら判るけれども」
「目的はちゃんとございますわ。先生」
縁無し眼鏡の向うで、塙女史の眼がきらりと光った。言葉は丁寧だけれど、語調はやや押しつけがましい。
「そ、そりゃ保健という目的はあるだろうけどね」
加納はちょっとどもった。
「でも、僕は散歩なら、あんな川っぺりや畠の中じゃなく、街を歩きたいんだよ。つまり市井(しせい)の塵――」
「それはいけませんわ。先生」
塙女史は断乎として言った。
「新鮮な空気。それが大切ですのよ。町中の空気は、たいへん汚染していて、肺なんかにもとても悪いんですのよ。わたしがドッグ・トレイュング・スクールで勤務しておりました時も、犬を散歩させるのに――」
「ドッグと僕とでは違う」
さすがに加納もにがにがしげにさえぎった。
「ドッグは小説は書かないが、僕は小説を書くんだよ。一緒くたにされては困る」
「一緒にしてはおりませんわ」
「いや、してるらしい。その証拠には、散歩といえば、必ず女史はついて来るじゃないですか」
「それは先生のためを思えばこそでございます」
調理台を背にして、塙女史は居直りの気配を示した。
「わたくしがお伴いたしませんと、きっと先生は街の方にお出かけになってしまいますわ。街に出てきたない空気をお吸いになれば、それだけ体力が低下して、作品活動も衰えるにきまっていますもの」
「そんなに女史は僕を信用しないのか?」
「信用してさしあげたいのですけれども」
塙女史は憐憫(れんびん)の表情を浮べた。
「この間の山本さんの出阪記念会でも、お酒を二合しか召し上らないとお約束なさったくせに、御帰宅の時、アルコール検出器でお調べしたら、七合以上も先生は召し上っていらっしゃいました。七合以上というと、二週間分の定量になりますわ」
「そ、それは――」
加納はまたどもった。アルコール検出器というような文明の利器を、塙女史はいつの間にか買い込んで、万全を期しているのだからかなわない。
「あれは、むりやりに飲まされたんだ。つき合いだから仕方がない」
「仕方がないでは済みまぜん」
塙女史は子供をたしなめるような声で言った。
「散歩というものは、先生のような方には、絶対必要なものでございます。新鮮な空気。適当な運動」
「しかし、だね」
加納もここぞとばかり頑張った。
「たとえば、昼間に一時間、散歩に出るだろう。それからまた夜に、外出するとする。すると、昼間の散歩で、僕の適当な運動は済んでいるわけだろう。夜の外出分だけが余分なものになるわけだね。そうすれば、それは運動過剰ということにならないか」
「そ、それは――」
今度は塙久史がどもった。だから加納はたたみかけた。
「僕も今年で五十歳になる。運動過剰はしんから身にこたえるのだ。だから昼間の散歩はやめにして、もっぱら街歩きでそれに替えたいと思う。街の空気はきたないきたないと言うが、なに、塵埃濾過機(じないろかき)を使用すれば何でもない。それに、水清ければ魚棲(す)まずのたとえ通り、人間だって、すこしはよごれたところに住む必要がある」
「塵埃濾過器?」
塙女史はきらりと暇を光らせた。
「それ、どこで売っているんでございますの?」
「薬屋で売ってるよ。マスクのことだ」
「マスク?」
塙女史は失笑した。
「大げさなことをおっしゃるものではありませんわ。マスクを塵埃濾過器だなんて。それよりも、そんなに運動過剰とおっしゃるなら街歩きをおやめ遊ばせ。つまり、歩くということを――」
「歩くことを止めろって、そんなことは出来ないよ。用事があって、目的地があるんだから」
「目的地なんか、歩かなくても着けます」
「どうやって着ける?」
「自動車をお買いになればよろしゅうございましょう」
塙女史は平然たる表情で答えた。
「この間からあたくしは、そのことを考えておりました」
塙女史を秘書兼助手として雇い入れて以来、すべての事務、渉外、会計に到るまで、加納は彼女にあずけ放しにしている。あるいは彼女から取り上げられた、という言い方が正しいかも知れない。
女史がかくもテキパキと事務的であることは、加納にとって一面気楽でもあるが、一面においては前述の如く、大いに加納をへこたれさせた。あまりにも事務的に過ぎるのである。
長年連れそった古女房と別居、そして自由の境遇に入り、それから美人秘書を雇ったのであるから、加納の当初の考えには、ロマンティックな要素がなかったとは言えない。いや、言えないという程度ではなく、大いにあったのである。美人という条件をつけたことでも、それは明瞭である。
ところが塙女史は、美人は美人であっでも、その美しさには情というものが全然こもっていないのである。つまり動物的、または植物的美しさではなく、鉱物の美しさにそれは似通っていた。
スタイルも八頭身的でスマートだが、腰も胸もふくらんでいないので、まるで竹の筒みたいに見える。
[やぶちゃん注:「八頭身」身長が頭部の長さのおよそ八倍であること。均整のとれた、女性の理想のスタイルとされる。昭和二八(一九五三)年の「ミス・ユニバース・コンテスト」の頃から流行した語(小学館「デジタル大辞泉」に拠った)。]
その硬質的な美しさに迷わされて、つい雇い入れたわけだが、やがて加納はそこにロマンティックな要素がないことに気がついた。一言にして言えば、この美人秘書に対して、彼は全然食指が動かないのである。最初から動かすつもりで雇ったわけではないが、そこはそれ、も少し軟かいところがあってもいいではないか。
(実際、金魚か熱帯魚みたいな女だな。見る分には美しいが、食べたいという気持が一向におこらない)
加納がそんな吞気なことを考えているうちに、塙女史は加納の生活の要所要所を確実に押さえてしまったのである。
「自動車を買うんだって?」
加納はおどろきの声を上げた。
「そうでございます」
塙女史は切口上で答えた。加納は盃を宙に浮かしたまま、しばらく塙女史を眺めていた。
近頃では会計一切も塙女史に任せているのだから、自分にどの位の収入があるか、税金関係はどうなっているのか、蓄えはどうなっているのか、加納はほとんど知らない。面倒くさくて知りたくない気持もあるのだが、第一には塙女史がギュツと握って離さないからだ。金銭関係に心を使うと、作品制作の能率が落ちるというのが、その理由である。しかし毎日八時間労働、それに精勤しているのだから、以前よりは生産量が上っているはずであった。それにぐうたら生活による出費もなくなったわけだし。
「どうしても買うと言うんだね?」
「さようでございます。先生」
塙女史はつめたい声で答えた。
「街歩きは一切自動車でやっていただければ、毎日の散歩はきちんと励行出来る筈ですわ」
盃を支えたまま、加納の気持はヘナヘナとくずれ折れた。そういう具合に宣言されると、もう抵抗出来ないような感じに、加納は近頃なってしまうのである。猫ににらまれた鼠とでも言うか、よほど深い前世の因縁があるのかも知れない。
加納は情なさそうな声で問い返した。
「自動車を買うのはいいけれど、運転は誰がやろんだね?」
「それは、運転手をおかかえになっても、よろしゅうございましょうし――」
塙女史は平然として、かねてから予定していたような口調で言った。
「何ならあたくしが、運転術を勉強してもいいと、思っておりますのよ」
「運転手を雇うと、それだけ費用がかさむだろう」
「それはかさみましょうねえ」
他人事の如く塙女史は返答した。
「では、女史に頼めばタダか。いや、タダというわけにも行かないだろうし――」
最後はひとりごとじみた口調になって、加納明治は宙に眼を据(す)えた。眼を据えながら、加納の右手はちょうしの首をつかんで、無意識にことことと振っている。まだ酒が残っているかどうか、碓かめるためにだ。これは洒飲みにとっては、たいへんいやしい真似だとされている。
昔はそんな癖はなかったのに、そんないやしい癖がついたと言うのも、塙女史から酒量を制限されたためである。
良い作品を書くために、酒を制限され、今度は酒を制限されたために、いやしい癖がついた。いやしい癖がつけば、やがてそれが作品にも影響してくるだろう。
事実、塙女史の改革が進行して行くにつれて、加納明治の作品は、進行に比例して、質量共に低下の傾向があらわれつつあった。
いくら身体が丈夫になり、頭脳が明晰になっても、ろくに外出もさせず、よごれた空気を吸わせず、運動が繩飛びと散歩と来ては、まるで温室に栽培された清浄野菜みたいなもので、ロクな作品が書けよう筈がない。そのことを塙女史に切り出さないのは、議論によって女史を納得させる自信を、加納がうしなっているせいであった。理窟という点になると、加納はからきしダメなのである。
「ええと――」
ちょうしの振り癖にハツと気付いて、加納はそれを卓に戻した。ちょうしはすでに空になっている。
「それは僕がやることにしよう。一石二鳥だ」
「それ、と申しますと?」
「運転のことだよ」
加納は断乎として言った。
「運転は、僕が練習することにする」
「先生が?」
塙女史は呆れたような声を出した。
「先生がおやりになるんですか。そのお歳で。ハンドルとペンとでは、少々違っておりますわよ」
「やるったら、やる!」
酒の気も少々入っているので、加納はふだんに似合わず強気に出た。ここらで強気に出とかないと、総くずれになるおそれがあったのだ。
「女史がどうしても一時間散歩に固執するなら、僕だってすこしは固執してもいいだろう。とにかくそれは、僕がやることにする!」
塙女史に運転を習わせたら、外出においても後方座席で、自分は囚人の如く護送されるだけだろう。その思いが加納の勇気をかり立てた。
「とにかく僕がやるんだ!」
なにを力んでいるのかと、塙女史はいぶかしげな表情となった。実際女史には、加納の気持は判っていなかった。塙女史は言った。
「ハンドルとペンとは違う、とあたくしが申し上げたことが、お気にさわったんでございますか?」
このようないきさつで、加納明治は自動車を買い入れることになった。学校時代の同級生の一人が、今ではちょいとした会社の重役になっていて、その自家用車を安くゆずって貰ったのである。外国製の小型車で、まだほとんど傷(いた)んでいない。
自分が運転するつもりだと加納が言った時、その重役は言った。
「加納。そいつはよした方がいいぜ。悪いことは言わんから、運転手を雇えよ」
「なぜ?」
「なぜもくそもあるかい。お前が運転して、そして人を轢(ひ)き殺して見ろ。早速刑務所入りだぜ。お前はもともとそそっかしい男だからな。運転手だったら、お前は損害賠償だけですむんだ」
「いや。これにはいろんな事情があってな」
「どんな事情だ?」
「おれだって、すこしは、羽根を伸ばしたいんだよ」
はてな、という顔を重役はした。
「それ以上羽根を伸ばしてどうするんだい。大体小説家なんてものは、朝寝はするし、酒は飲むし、女遊びはするし、羽目の外(はず)し放題じゃないか。おれなんか、いつもお前のことをうらやましく思っているんだぞ」
「お前はそう思うだろうが」
と加納は苦笑した。
「実際はなかなかそんなものじゃないよ。おれはむしろ、お前の方がうらやましい」
重役の忠告を黙殺して、加納は運転術を習い、やがて運転免許証を取った。
この自動車購入を最初に言い出したのは、塙女史であったが、それを逆用することによって、利益を得たのは加納の方である。
なにしろ自分で運転するのだから、どこにでも飛んで行けるし、またいろいろとごまかしがきくのだ。
それまでは、取材のための外出といっても、ちゃんと塙女史が随行して、窮屈極まりないものだったが、自動車となると随行というわけには行かない。
加納が運転席にいるのだから、もし随行するとすれば、女史は後部シートにおさまらざるを得ない。主人がハンドルを握り、秘書兼助手が客席にふんぞりかえるのは、やはり具合が悪いのである。
塙女史も散歩時間や散歩場所を固執せずに、あっさりと夜の散歩を許しておれば、こんなことにはならなかったのに、女史としては飛んだ手抜かりと言うべきだろう。
といっても、塙女史は、加納を理想的環境にしばりつけるのを、唯一の目的としていたわけではない。あくまでも女史の目的は、しばりつけることによって、加納に良い作品を多量に書かせるということであった。鶏を窮属な場所に押し込め、いろいろ束縛することによって、多数の卵を生産させるようにだ。
多分に理知的であり、計画性に大いに富んだ彼女であったが、芸術を鶏卵と同一視したところに、その考え違いがあった。その考え違いのために、塙女史は芸術の擁護者であるかわりに、芸術の破壊者となっていた。
(もうおれは執筆器械にはならないぞ。器械に甘んじておれるものか?)
そんなにかげで力むのなら、いっそ塙女史をちょんとクビにすればいいのに、と思うのだが、それが出来ないところに加納明治の気の弱さがあった。しかも当人は、その気弱さを、ヒューマニズムだと思い込んでいるのだから、世話はない。
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