佐々木喜善「聽耳草紙」 一五五番 姉妹の病氣
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここから。]
一五五番 姉妹の病氣
或家の姉妹が親たちの取つてくれた聟《むこ》たちを嫌つて一向話もしなかつた。聟たちは力を落して山の方サ步いて行つた。すると山路で旅の六部の爺樣に行き會つた。六部の爺樣が、お前たちは若い者ンに似合はず何してそんな賴り無い顏をして何處へ行けアと訊いたので、聟達は其譯を話した。
六部の爺樣はそれを聽いて、よしよしそんだら俺がよいやうにして遣るから、俺について來ウと言つた。さうして二人の若者を連れて娘達の家サ行つて、二人をば塀の外に隱して置いて、自分はカンカンと鉦《かね》を叩きながら其家の玄關に立つた。
姉妹は六部樣が來たと云つて、二人で玄關へ出て六部樣を見て居た。爺樣は美しい姉妹の顏を見るとワツと聲を立てゝ泣き出した。娘たちは驚いて、爺樣爺樣どこか惡がすかと云つて、側へ寄つて來た。そこで爺樣は淚をふきふきその譯を話した。
娘たち娘たち、よく俺の話か聽いてたもれ、實はこの爺々にも、恰度《ちやうど》お前たちの齡頃《としごろ》の娘が二人あつた。そしてもう齡頃にもなつたものだから聟を取つてアヅけたところ、あることか無いことか親不孝な娘どもは其聟どもを嫌つて、夜もロクロク話をしなかつた。それで聟どもは力を落して出て行つてしまつた。それだけだらあきらめもつくが其の後《あと》姉妹どもア不思議な病ひにかゝつて、遂々《たうとう》死んでしまつた。その病ひとは何だと聽いてクナさるな、娘どもの前の物[やぶちゃん注:隠し所。ほと。]サ匂ひがついて、そこからだんだんと腐つて死んでしまつた。それで俺は斯《か》うして娘どもの後世《ごぜ》を弔ふために𢌞國して居る。恰度同じ齡頃のそれも姉妹のお前だちの顏を見てわが子のことを思ひ出して、遂々泣いてしまつたと話した。
其話を聽いて姉妹は、顏を見合つて居たが、俄かに寢室へ駈け込んで行つて、前の所を嗅いで見た。すると其所《そこ》が大層臭く匂ふてゐた。これは大變だ。私たちもこゝが腐つて死ぬかも知れないと思つて、聟どもに見向きもしなかつたことを後悔して泣いて居た。そこへ六部の爺樣からいゝから眞直ぐに寢室に入れと言はれた聟たちが、眞直ぐに娘たちの許《もと》へ歸つて來た。そして以前とは違つて仲良く暮すやうになつた。
(村の犬松爺の話の九。大正十二年の冬頃の分。)
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