只野真葛 むかしばなし (79) 妖猫
一、土井山城守樣の御國(おくに)、刈屋の城に、小犬ほどの猫、有(あり)。「大ねこ」と名付(なづけ)て、折々、番人、見る事あれども、あだせし事、なしとぞ。
いつの比よりすむといふ事も、しらず、といふ事は、折々、山城守樣の御はなしも有(あり)し由(よし)、父樣、猫のはなしなど、いでし時、度々(たびたび)はなしにも聞(きき)しが、數年(すねん)をへて、ある春のことなりしが、花の盛、いつよりも、出來、よく、日も、すぐれて長閑(のどか)のこと有しに、御番の侍、申合(まふしあは)せ、
「餘り、すぐれて、よき天氣なり。花見ながら外庭の芝原にて、辨當を、つかわん[やぶちゃん注:ママ。]。」
とて、いで居(をり)しに、いづくよりか來たりけん、えもいはれず、愛らしき小猫の、毛色、みごとにふち[やぶちゃん注:「斑(ぶち)」であろう。]たるが、紅(くれなゐ)の首(くび)たが[やぶちゃん注:「首箍」。首輪。]懸(かけ)て、はしりめぐり、胡蝶に戲れ遊び狂ふさま、あまり美くしかりし故、何(いづ)れも見とれてゐたりしが、
「首たが懸しは、かい猫なるべし。かゝる小猫の、いかにして、城内まで、まどひ來にけん、あやし、あやし。」
と云つゝ、
『手ならさん。』[やぶちゃん注:「手なづけよう」。]
と思ひて、燒飯を一ツ、なげて、あたへしかば、かの小猫、はしり來りて、其やき飯を、くはゆると、ひとしく、古來よりすむ、大猫と成(なり)しとぞ。
「それ、大猫の、ばけしよ。」
と、いはれて、にげさりしが、其後(そののち)、番人、
「たえて、形を見ず。」
とぞ。
「『不思議のこと。』とて、御(おん)じきはなしに、うかゞひし。」
と、父樣、
父樣、被ㇾ仰し。
[やぶちゃん注:「土井山城守」恐らくは、三河刈谷藩第二代藩主土井利徳(寛延元(一七四八)年~文化一〇(一八一三)年)であろう。彼は従五位下山城守であった。
「刈屋の城」現在の愛知県刈谷市城町(しろまち)に城跡がある(グーグル・マップ・データ)。]
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