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2023/07/29

只野真葛 むかしばなし (76) 命を救って命助かる奇譚

 

一、鈴木常八は、「うべがたり好(ずき)」[やぶちゃん注:意味不詳。識者の御教授を乞う。「うべ」は「宜」・「諾」か。「如何にも聴く者が『もっともらしい話じゃ』と感嘆する話の意か。]にて、度々(たびたび)語りしは、本庄の道具屋、川むかふの道具屋の會(くわい)に行(ゆく)事のよし。

 渡しを渡りて、例のごとく行(ゆき)しに、おもはしき品も無(なかり)しかば、金を懷に入(いれ)て歸りし事有(あり)しに、暮がたなり。

 今、船を漕出(こぎいだ)したるあとへ來て、行(ゆき)かへる迄、待(まち)てゐしに、そこら、見𢌞せば、石垣を傳へて[やぶちゃん注:ママ。]、若き夫婦と見ゆる人、ひそひそ咄(ばな)してゐるを見つけ、

『たしかに。義理に、つまりて、身を、なげる人。』

と心付(こころづき)、其そばへ行(ゆき)て云(いふ)は、

「一寸(ちよつと)見受(みうけ)た所が、たしかに、金につまりて、死心(しぬこころ)と見えるが、どこの人かは、しらねど、いとほしき事なり。私が懷に、十兩、かねが有(ある)から、是を、かしませうから、どふぞ、死なぬ工面、せられよ。」

と、いひしを、餘り、おもひかけぬ事にて、合點ゆかぬ顏して居(をり)し内、舟がつきし故、なげだして、船に、のりしとぞ。

 家に、かへりて、きげんよく、

「よいもの、買(かひ)し。」

と云(いひ)て有しとぞ。

 其後(そののち)、二年ばかり過(すぎ)て、例の如く、會に出て、歸りがけ、少し用事有(あり)て、外(ほか)へまはり、常に通る道より、外の所へ、かゝるに、ある家の内に、女房らしきもの、髮をとかしてゐしが、散(ちら)し髮にて、かけ出(いで)て、

「あなたは、たしかに、先年、お目にかゝつた、お人。」

とて、取付(とりつき)しとぞ。

 顏をみれば、金をくれし女なり。

 夫も、きゝつけて、かけいでゝ、

「先(まづ)、一寸、内へお上り被ㇾ下。」

とて、無理に引入(ひきいれ)、だんだんの禮を述べ、御蔭により、命(いのち)、たすかりし悅(よろこび)を、いひ、

「其時は、途方にくれ、御名(おんな)や、所を、もうけ給わら[やぶちゃん注:ママ。]ざりしを、くやみし事、又、『渡し場を通られし故、此邊にすまはゞ、御目にかゝる事もや。』と、家、借りし事、又、か樣(やう)に、ふしぎな、命、ひろい[やぶちゃん注:ママ。]しも、淺草の觀音樣の御蔭と、日參して、

「一度は行逢樣(ゆきあふやう)に。」

と、いのりし事、色々、くだくだしく、ならべていふを、

「いや、おそく成(なる)から、重(かさね)てきませう。」[やぶちゃん注:「重て」は、折りを見て、今一度、来ることを言っていよう。]

と斷(ことわり)ても、中々、聞かず、わざと、

「お盃(さかづき)。」

とて、酒など出(いだ)し、時刻、おくれたり。

 いそぎ、行(ゆき)てみしに、

「渡し船、かへりて[やぶちゃん注:「反りて」。転覆して。]、夥しく、人、死(しぬ)なり。」

とて、大さわぎなりしとぞ。

「折もあらんに、此日に行逢(ゆきあひ)、手間取(てまどり)て、其沈みし船に乘(のら)ざりしは、誠(まこと)に、命、救ひしかはりに、我(わが)命、たすかりしなり。」

とて、殊の外、好(よき)なるはなしなりし。

 其道具屋の、じき咄し、とぞ。

[やぶちゃん注:「本庄」当初、底本も『日本庶民生活史料集成』も注記等がないので、「川むかふ」とあることから、現在の埼玉県本庄市か(グーグル・マップ・データ)。北の端は利根川で、川向うは群馬県伊勢崎市である。しかし、後の方で浅草の観音に日参するという語りがあり、『これは、思うに「本所」の誤りではないか?』と判断するに至った。]

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