奇異雜談集巻第三 ㊂丹波の奧の郡に人を馬になして賣し事
[やぶちゃん注:本書や底本及び凡例については、初回の私の冒頭注を参照されたい。]
㊂丹波の奧の郡(こほり)に人を馬になして賣(うり)し事
はるかの昔、たんばの国、おくのこほりの事なるに、山ぎはに、大なる家、一間[やぶちゃん注:ママ。「一軒」。](けん)あり。隣(となり)も、なし。人數《にんず》、十人あまり、渡世(とせい)、心やすく見えたり。農作をも、せず、職(しよく)をも、せず、あきなひをも、せず。心やすき事、人みな、ふしん[やぶちゃん注:「不審」。]す。
[やぶちゃん注:「心やすき事」何も仕事をしていないにも拘わらず、日々の一家の暮しが、至って豊かであること。]
馬を買ひゆくとも見えぬに、よき馬を、うれり。
一月に、二疋、三疋、賣るゆへ[やぶちゃん注:ママ。以下同じ。]に、これまた、人、ふしんするなり。
かいだう[やぶちゃん注:「街道なる」。]ゆへに、旅人(たび《びと》)、一宿(《いつ》しゆく)する事、あり。
ないない、人の申すは、
「亭主、大事(《だい》じ)の祕術(ひじゆつ)をつたへて、人を、馬になして、賣る。」
と、いへり。
一定(《いち》ぢやう)をば、知らざるなり。[やぶちゃん注:「そう人が噂するだけのことで、本当のところはよく判らないのである。」の意。]
あるとき、たび人、六人、つきたり。
五人は俗人(ぞく《じん》)、一人《いちにん》は會下僧(ゑげそう)なり。
[やぶちゃん注:「會下僧」特に一寺を持たず、師の下(もと)で学んでいる僧。「えか」とも読む。なお、小学館「日本国語大辞典」によれば、「日葡辞書」には「Yeguesô」で載り、訳すと、『二派に分かれている禅宗の僧侶のうちの一方の僧侶』、『(注)曹洞宗の僧侶を指す」とある』とあった。]
亭主、うちへ請(しやう)じ入れて、枕を、六つ、出《いだ》して、
「御くたびれなるべし。先《まづ》、御休みあれ。」
といふ。
俗人、みな、臥(ふし)たり。
客僧は、丹後にて、粗(ほゞ)きくことあるゆへに、ようじんする也。
ざしきの奧にゐて、ふさず。
垣(かき)のひまより、内を、のぞけば、忙はしくみえたり。[やぶちゃん注:「垣」この場合は室内を仕切っている障子、或いは、衝立(ついたて)の類いである。]
小がたなにて、かきのひまを、すこし、くりあけて、よくみれば、疊(たたみ)の臺(だい)ほどなるものに、土(つち)、一盃(ばい)あり。
そのうへに、物のたねを、まきて、上(うへ)に薦(こも)をきせたり。
釜には、飯(いひ)を、たき、汁を、たき、鍋に湯をたけり。
茶、四、五服のむほどして、
「もはや、よかるべし。」
とて、薦をとれば、あをあをとしたる草(くさ)、二、三寸(ずん)に、をひ[やぶちゃん注:ママ。]しげりたり。葉は、蕎麥(そば)に、にたり。
それをとつて、湯に煮(に)て、そばのごとくに、あへて、大《おほき》なる椀(わん)にもりて、さい[やぶちゃん注:「菜」。]にして、飯《いひ》を出《いだ》したり。
俗人、おきて、みな、食(しよく)す。
「めづらしきそばかな。」
と、いふて、しやうくはん[やぶちゃん注:ママ。「賞翫」。]す。
僧は、
「食する。」
よしして、すみ[やぶちゃん注:「隅」。]のすのこ[やぶちゃん注:「簀子」。]の下へ、すてたり。
饌(ぜん)[やぶちゃん注:「膳」と同義。]をあげてのち、風呂(ふろ)をたきて、
「たちて候。一風呂、御入りあれ。」
といへば、
「もつとも。しかるべし。」
とて、みな、いれり。
僧は、
「入る。」
よしして、脇へ、はづして、東司(とうす)[やぶちゃん注:禅宗で「厠」(かわや:便所)の呼称。]のうちにかくれゐて、よくみれば、亭主、きり・かなづち・かなくぎを、もちきたりて、風呂の戶を、うちつけたり。
客僧、
『ここに居(ゐ)て、人にみつけられては、曲(きよく)なし。』[やぶちゃん注:「曲なし」は「つまらない」「なさけない」の意。]
とて、くらまぎれに[やぶちゃん注:暗闇に紛れて。]、出《いで》て、風呂のすのこの下へ入《はい》りて、靜まりゐて、みれば、良(やゝ)ありて、亭主、
「もはや、よきぞ。戶を、あけよ。」
と、いひて、釘ぬきにて、戶を、あくれば、馬一疋、出《いで》て、いなゝひ[やぶちゃん注:ママ。]て走りゆく。
夜にて、門をさすゆヘに、庭に、踊りまはる。
又、一疋、いで、又、一疋、出《いで》、五疋、出《いで》たり。
「今、一疋、出づべし。」
とて、まてども、出《いで》ず。
火を、あかして、みれば、何も、なし。
「今一人は、いづかたへ行《ゆき》たるぞ。」
と、たづぬる間に、すのこの下より、出《いで》て、うしろの山にのほり[やぶちゃん注:ママ。]て、とをく[やぶちゃん注:ママ。]行《ゆく》なり。
翌日、国のしゆご所[やぶちゃん注:「守護所」。]にゆきて、上(かみ)くたん[やぶちゃん注:ママ。「件(くだん)」。]のやうを、つぶさにかたれば、しゆごのいはく、
「曲事(くせごと)なり。聞(きゝ)およびし事、さては、まことなり。」
とて、人數《にんず》をそつ[やぶちゃん注:「卒・率」。]して彼(かれ)[やぶちゃん注:かの場所。]に發向(はつかう)し、人を、みな、うちころして、はたすなり。
右、霊雲(りやううん)の雜談(ざうたん)なり。
[やぶちゃん注:「霊雲」作者の知り合いの僧らしい。が、これは、中唐代伝奇の「河東記」の「板橋三娘子」辺りを元にした、「曲がない」バレバレの焼き直しである。私の電子化注では、古いところでは、「柴田宵曲 續妖異博物館 馬にされる話」で、「江戸怪談集」上を底本に本篇を不全な正字化で電子化してある。しかし、この話と類似した奇怪譚は既に「今昔物語集」に見出されるのである。私の『「南方隨筆」版 南方熊楠「今昔物語の硏究」 二~(5) / 卷第三十一 通四國邊地僧行不知所被打成馬語第十四 / 二~了』、及び、『「南方隨筆」版 南方熊楠「今昔物語の硏究」 三 / 「卷第三十一 通四國邊地僧行不知所被打成馬語第十四」の「出典考」の続き』である。なお、この人を獣にすることの最後の本邦の幻想文学での奇体な輝きは、泉鏡花の「高野聖」にとどめを刺すと言うべきであろう。]
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