佐々木喜善「聽耳草紙」 一六四番 桶屋の泣輪
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここ。]
一六四番 桶屋の泣輪
或所の長者に齡頃《としごろ》の一人娘があつた。聟を貰ふ事になつてフレ出すと、三人の若い者が集まつて來た。大工と鍛冶屋と桶屋とであつた。
長者は其中で一番テンド(技術)のよい者を聟にすることにした。まづ大工が家を建てることになり、鍛冶屋は(何をやつたか忘れた。)桶屋はコガ(大桶)を結《ゆ》ふことになつた。
三人は自分のテンドウのある限りガンバつたが、鍛冶屋が到々《たうたう》[やぶちゃん注:漢字はママ。「到頭(たうとう)」が正しい。]一番先に仕上《しあげ》てしまつた。大工はまだ其時はカマズ[やぶちゃん注:不詳。溶かした鉄のことか。]が殘つて居て聟になりかねた。桶屋は最後の一輪を入れるところであつたが、少しの違ひで聟になりかねたので、泣き出した。
それから桶屋が最後に入れる(結う)輪のことを、泣輪と呼ぶことになつた。
(大正十五年六月、田植にて相模久治郞と云ふ人か
ら聽いたと田中喜多美氏の御報告の分。)
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