佐々木喜善「聽耳草紙」 一四八番 新八と五平
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここ。]
一四八番 新八と五平
昔或所に新八(シンパ)と五平といふ飮み友達があつた。樽酒を買つて來て、ゼゼエ五平、この酒を名指しで飮むべでアねえかと新ハが言つた。なぞにするのだと五平が訊くと、それは樽から酒をつぐ時、シンパツたら俺が飮むし、五平ツたらそち(お前)が飮むことだと言つた。五平も面白いから、それはよかろうと賛成した。
そこでまづ新八が樽を持つて盃へつぐと、酒は勢ひよくシンパシンパという音を出し出てきた。いつまでもシンパシンパといふので、新八は樽の酒をあらかた飮んでしまつた。そして殆ど底になつた時、やつとゴヘゴヘツといふ音がしたので、ささ今度はそつちの番だと言つて初めて盃を五平に渡した。
だが五平の分は盃にやつと半分ぐらゐで、それも泡(アブク)のところばかりであつた。
(昭和三年三月二十七日、村の田尻丸吉殿談。)
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