佐々木喜善「聽耳草紙」 一七六番 嫁に行きたい話(二話)
[やぶちゃん注:底本・凡例その他は初回を参照されたい。今回は底本では、ここ。]
一七六番 嫁に行きたい話(其の一)
或所に大層齡《とし》を取つた婆樣があつた。其婆樣を嫁子《あねこ》にケなかべかと云ふて仲人《なかうど》が來たところ、家では、俺方(オラホ)の婆樣ア眼も見えないし、わかねアごつたと斷つた。すると婆樣はこれアこれア此餓鬼どア向ひ山の頂上(テツペン)で赤蟻(アカガアリ)コと黑蟻(クロアガリ)コとが角力《すまふ》してらでア、汝(ウナ)どさア見ねえか…と言つた。
婆樣は餘程嫁子に行きたかつたと見える!
[やぶちゃん注:文末の「!」は底本では太い「―」(或いは調音符)だが、「ちくま文庫」版のエクスクラメーションを採用した。
「赤蟻(アカガアリ)コ」小学館「日本大百科全書」によれば、『昆虫綱膜翅』『目アリ科』(Formicidae)『の昆虫のうち、体色が赤褐色または黄褐色の種類をよぶ俗称。普通』、『アズマオオズアカアリをさすが、本州の山間部や北海道では、アリ塚をつくるエゾアカヤマアリやツノアカヤマアリをさすことが多い』とあった。「アズマオオズアカアリ」はアリ科フタフシアリ亜科オオズアリ属アズマオオズアリ(東大頭蟻) Pheidole fervida で、働きアリで約二・五ミリメートル、働きアリで約三・五ミリメートル。屋久島以北、日本以外では朝鮮半島にも分布する。和名通り、東日本では平地にも見られ、同属種のオオズアリ Pheidole nodus よりも明るい黄褐色を呈する。一方、エゾアカヤマアリはアリ科ヤマアリ亜科ヤマアリ属エゾアカヤマアリ Formica yessensis で、北海道及び本州中部以北に分布し、南限は神奈川県金時山で、体長は四・五~七ミリメートル。頭部・胸部・腹柄節・脚などは、黄赤褐色だが、頭部・胸部・脚の上面は、やや暗色で、腹部は黒色だが、基部は少し赤みがかる。一方の、ツノアカヤマアリは、ヤマアリ属ツノアカヤマアリ Formica fukaii で、北海道・本州西部まで分布し、体長は四・五~六・五ミリメートルで、頭部・胸部・腹柄節は黄赤褐色で、頭部上方・前胸背上端部・触角柄節・脛節は、やや暗色を呈し、腹部は黒い(以上は信頼出来るアリの学術サイトを複数参考にした)。
「黑蟻(クロアガリ)コ」一般に南西諸島以外の本邦では、住宅地などでも、よく見られる最も普通な種の一つで、日本列島に分布するアリの中では最大となる大型アリであるヤマアリ亜科オオアリ属オオアリ亜属クロオオアリ Camponotus japonicus が知られる。働きアリの体長は七~十二ミリメートルほどであるが、七~九ミリメートルの小型働きアリと一~一・二センチメートルで頭部が発達した大型働きアリが形態的に分化している。全身が光沢のない黒灰色だが、腹部の節は黒光りする。また、腹部には褐色を帯びて光沢のある短い毛が密生する。日本以外では、朝鮮半島・中国まで分布し、アメリカ合衆国やインドからも分布が報告されている(ここはウィキの「クロオオアリ」に拠った)。]
手煽り(其の二)
或所に齡頃《としごろ》の娘があつた。その娘を嫁子《あねこ》にケなかべかと云ふて仲人が來たところ、家では、俺方の娘アまだ何ンにも知らねえ子供で、わかねえごつたと斷つた。すると娘はわざわざ仲人の前へ來て手を煽《あふ》りながら、…あゝあゝ今朝《けさ》のすばれることア、十九になるども手ア冷(ツメ)たいと言つた。
[やぶちゃん注:この娘の仕草と台詞は、暗に、異性を求める私の身内の燃える熱い体を、なんとかして呉れる男性を求めているというを示唆しているものであろう。「手ア冷(ツメ)たい」はそれ以外の体が男を求めて燃える体を暗示する対表現と読んだ。]
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