譚海 卷之九 濃州百姓山居うはゞみを討取たる事 因州うはゞみの事 (フライング・カップリング公開)
[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。特異的に句読点・記号の変更・追加と、読みを加え、段落も成形した。上記で続いて出、また原本でも続いているので、特異的に二話を連続して電子化した。間に「*」を挟んだ。]
濃州百姓山居(さんきよ)うはゞみを討取(うちとり)たる事
〇美濃の國に、ある百姓、年老(としおい)て、所帶を子供にゆづりて、夫婦、山里に隱居し、山畑など、ひらき、牛、一つ、飼(かひ)て住みけり。
然(しか)るに、山中に、うはゞみ、ありて、この牛を、心がけ、よるよる[やぶちゃん注:夜毎(よごと)に。]、來りければ、牛、おそれ、をのゝきて[やぶちゃん注:ママ。]、さわがしき事、限りなし。
老人、
「いかで、此ものを、とらん。」
とて、鐵炮を用意し置(おき)たるに、ある夜、又、例のごとく、牛、おどろき、さわげば、心がまへして待つところに、うはゞみ、萱屋根(かややね)の軒口(のきぐち)より、かしら、差出(さしいだ)したり。
かの鐵炮に、二つ、玉、こめて、打(うち)たれば、あやまたず、うはゞみの口へ、うちいれたる時、かしら、引きたると、見えしが、したゝか成(なる)音して、谷のかたへ、まろび落(おつ)るやうに聞えけり。
夜明(よあけ)て、行(ゆき)てみれば、さも、大成(なる)うはゞみ、谷底に、おちて、死(しし)て有(あり)けるとぞ。
*
因州うはゞみの事
〇因幡の國にも、山中の池にすめる、うはゞみ、有(あり)。
これは、人を、とる事を、せず。
ある人、長雨の後(のち)、用ありて、山越(やまごえ)に里へ行(ゆき)たるに、山あひの池、あふれて、水をわたりて往來する事なるに、何やらん、材木のごとき物、足にさはりたるを、ふみつけたれば、うはゞみにて有(あり)ければ、やがて、其足を、かみてけり。
さのみも、おぼえざりしが、里にて、用事、とゝのへ、扨(さて)、足をみれば、紫のあざ、付(つき)て、ふくれあがりたり。
少し、心地(ここち)、あやしきやうなるが、夕暮より、熱氣、出(いで)て、くるしき事、たとへがたし。
宿の主人、
「れい[やぶちゃん注:「例」。]の物に、くはれ給ふなり。これには、よき療治、侍る。」
とて、やがて、何やらん、草をとり來(きたり)て、風呂にて、せんじ[やぶちゃん注:「煎じ」。]、わかして[やぶちゃん注:「沸かして」。]、あみ[やぶちゃん注:「浴み」。]させければ、やうやう、心地、さわやぎ、一兩度、入湯せしかば、熱氣、さめて、本復せりとぞ。
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