柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「空船」
[やぶちゃん注:本書は昭和三六(一九六一)年一月に東京堂から刊行された。この総題の「随筆辞典」はシリーズ物の一書。本書については、初回の冒頭注を、また、作者については、私の『柴田宵曲 始動 ~ 妖異博物館 「はしがき」・「化物振舞」』の私の冒頭注を参照されたい。
底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを使用した。新字新仮名である。但し、加工データとして、所持する筑摩書房『ちくま文芸文庫』の「奇談異聞辞典」(底本を解題したもの・二〇〇八年刊)を加工データとして使用させて貰った。ここに御礼申し上げる。
読みが振れる、若い読者が躓くかも知れぬ箇所には《 》で読みを添えた。引用文の場合は歴史的仮名遣を用いた。なお、( )は柴田自身が附したルビである。
また、柴田のストイックな編集法を鑑み、私の注は、どうしても必要と判断したもののみとした。幸い、有意な部分は私が既に電子化注したものがあるので、それをリンクさせてもいる。但し、この原本は新字新仮名であるため、私が電子化していない引用文の原本に当たることが出来たものは、極力、視認出来るように、国立国会図書館デジタルコレクションや他のデータベースの当該部をリンクさせるように努めた。
なお、辞典形式であるので、各項目を各個に電子化する。公開は基本、相互の項目に連関性がないものが多いので、一回一項或いは数項程度とする。この項には、初めて挿絵が載るが、底本のそれではなく(すこぶる小さいため)、同一原本の大きな原画像を頭に挿入しておく。]
空船【うつぼぶね】 大木をくりぬいて造った舟〔梅の塵〕享和三癸亥年三月二十四日、常陸国原舎浜(はらとのはま)と云ふ処へ、異船漂著せり。その船の形ち、空(うつろ)にして釜の如く、また半《なかば》に釜の刃《は》の如きもの有り。これよりうへは黒塗にして四方に窓あり。障子はことごとく、チヤンにてかたむ。下の方に筋鉄(すぢかね)をうち、いづれも南蛮鉄《なんばんてつ》の最上なるものなり。総船の高さ一丈弐尺、横径一丈八尺なり。この中に婦人壱人ありけるが、凡そ年齢二十歳《はたち》ばかりに見えて、身の丈五尺、色白き事雪の如く、黒髪あざやかに長く後《うしろ》にたれ、その美顔なる事、云ふばかりなし。身に著《つけ》たるは異やうなる織物にて、名は知れず。言語は一向に通ぜず。また小さ成る箱を持ちて、如何なるものか、人を寄せ付けずとぞ。船中鋪物(しきもの)と見ゆるもの二枚あり。和らかにして、何と云ふもの乎《か》しれず。食物は菓子を思(おぼ)しきもの、并《ならび》に煉《ね》りたるもの、その外肉類あり。また茶碗一つ、模様は見事成る物なれども分明(わか)らず。原舎の浜は、小笠原和泉公の領地なり。<『兎園小説第十一集』に同様の文章がある>
[やぶちゃん注:私にとって古くから最も守備範囲としてきたトッテオキの怪奇談の登場である。最も古いものでは、私のサイトのHPに配した、
「やぶちゃんのトンデモ授業案:やぶちゃんと行く江戸のトワイライト・ゾーン 藪野直史」の【第一夜】「うつろ舟の異人の女」~円盤型ヴィークルの中にエイリアンの女性を発見!
がそれ。二〇〇五年以降、二十回近く、最後の三つの高校の古典の授業で実際に行ったオリジナル授業案である。主文対象は宵曲の言う「兎園小説第十一集」のものだが、以上の「梅の塵」版の同事件(日時等の異同があるが、同一事件の記載である)も詳細な電子化注をしてある(挿絵も総て単体画像でリンクさせてある)。但し、以上は高校生向けのものであるため、漢字は新字である。正規表現で、ガッツリと一から注をやり直し、「梅の塵」以外の別資料も可能な限り、採録注釈した完全版(各個画像(全八葉)附き)は、ブログで二〇二一年十月二十三日に公開した、
がそれである。この怪奇事件、現在はネットに複数の記事が載るが、私の以上のものは、それらに遜色ないものと自負している。未見の方は、是非、読まれたい。
「梅の塵」:梅の舎主人の見聞記。天保年間(一八三〇~一八四四)の人物と思われるが、一切不詳。]
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