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2023/08/16

柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「空木の人」

[やぶちゃん注:本書は昭和三六(一九六一)年一月に東京堂から刊行された。この総題の「随筆辞典」はシリーズ物の一書。本書については、初回の冒頭注を、また、作者については、私の『柴田宵曲 始動 ~ 妖異博物館 「はしがき」・「化物振舞」』の私の冒頭注を参照されたい。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを使用した。新字新仮名である。但し、加工データとして、所持する筑摩書房『ちくま文芸文庫』の「奇談異聞辞典」(底本を解題したもの・二〇〇八年刊)を加工データとして使用させて貰った。ここに御礼申し上げる。

 読みが振れる、若い読者が躓くかも知れぬ箇所には《 》で読みを添えた。引用文の場合は歴史的仮名遣を用いた。なお、( )は柴田自身が附したルビである。

 また、柴田のストイックな編集法を鑑み、私の注は、どうしても必要と判断したもののみとした。幸い、有意な部分は私が既に電子化注したものがあるので、それをリンクさせてもいる。但し、この原本は新字新仮名であるため、私が電子化していない引用文の原本に当たることが出来たものは、極力、視認出来るように、国立国会図書館デジタルコレクションや他のデータベースの当該部をリンクさせるように努めた。

 なお、辞典形式であるので、各項目を各個に電子化する。公開は基本、相互の項目に連関性がないものが多いので、一回一項或いは数項程度とする。

 

 空木の人【うつぼぎのひと】 空木は中の朽ちた木〔黒甜瑣語二編ノ一〕津村黙之が筆記に奥州二本松〈現在の福島県安達郡二本松町か〉丹羽《には》侯封内の農民某が門前の榎《えのき》、五百年の物にして、十囲《めぐり》の抱《かか》へある古木なり。或時これを伐倒しひきわりしに、中に宛然《ゑんぜん》[やぶちゃん注:そっくりそのままであるさま。]たる人像《ひとのざう》あり。鬚髪《しゆはつ》通体《つうたい》[やぶちゃん注:全身。]掌中の筋《すぢ》[やぶちゃん注:掌紋。]まで分明にして、さながら生きたる人のごとし。今にその家に秘して所持なせるを、親しく見たりし者の物語りとなん。この埋《うもれ》水[やぶちゃん注:「水」はママ。原本(後に指示した)は「うもれ水」。「水」は「木」の誤記かと思われる。]の巻の中に、元禄中飛驒山中にて大なるうつぼ木、風に吹かれて折れし中に一人の老翁あり。齢《よはひ》八旬[やぶちゃん注:八十歳。]ばかり、白髪長《たけ》とひとしく、髪[やぶちゃん注:後注の前者では『鬚』、後者は『髪』。前の部分から「鬚」の方が正しい。]は膝に及べり。熟睡して引《ひき》おどろかせども覚《さ》めず。ふしぎの事なれば里ヘ扶《たす》け来り、打群《うちむ》れ怪しみけり。一人の云ふやう、かやうの人には大鼓にて打《うち》おどろかせば、目さますものと聞きしとて、大いに大鼓を打ちければ、やうやう目さましけり。よりていづくの者ぞと聞けば、我はこの里の某《なにがし》なり、いつの何月この山中に入りしが、雨に逢ひてうつぼ木に笠《かさ》やどりしはべると。その年月を考ふれば、三百余年におよべり。元禄の後《のち》までも、その人生きてかの里に居《をり》たりしと。宋の徽宗《きそう》の時、陳昌《ちんしやう》の僧七百年前峨嵋山に遊びしが、空木に眠りてこの時出たりと『仏祖統記』を引《ひき》て誌《しる》せり。<「譚海巻二」にも同様の文章がある>

[やぶちゃん注:「黒甜瑣語」(こくてんさご)「二編ノ一」出羽国久保田藩の藩士で国学者であった人見蕉雨(宝暦一一(一七六一)年~文化元(一八〇四)年)の記録・伝聞を記した随筆。国立国会図書館デジタルコレクションの活字本(明治二九(一八九六)年版)のこちらで視認出来る。昭和四三(一九六八)年刊の「人見蕉雨集 第一冊」(『秋田さきがけ叢書』一)も当該部を確認したが、「うもれ水」は同じであった。なお、両書とも「うつぼ木」は「うつほ木」と清音である。

「福島県安達郡二本松町」現在の福島県二本松市(グーグル・マップ・データ)。安達太良山(あだたらやま)とその東麓盆地と東の山地に相当する。

「津村黙之」不詳。読みが判らないが、「もくし」と敬称で音読みしておく。

「丹羽侯」文末の元禄(一六八八年~一七〇四年)だと、陸奥国二本松藩第二代藩主丹羽長次光重或いは丹羽長之の治世。これは覚醒して亡くなった元号と読めるが、そこから「三百余年」としても、南北朝時代に遡ることになる。

「宋の徽宗の時」北宋の滅亡を齎した第八代皇帝。在位期間は一一〇〇年から一一二六年。

「陳昌」位置不詳。

「七百年前」最長で西暦四〇〇年。東晋の頃。本邦では履中天皇元年。

「仏祖統記」天台宗の立場から、仏教の伝統を明らかにしたもの仏書。五十四巻。南宋の志盤の著。一二六九年成立。インド・中国の高僧の伝記や系譜、宋代の仏教の情勢などが記されてある(小学館「日本国語大辞典」に拠った)。

『「譚海巻二」にも同様の文章がある』私の電子化注「譚海 卷之二 奥州二本松人家杉引割ける中に人形」(ひとがた)「ある事」がそれ。場所も発見された時の様子も同じだが、そこでは生きて発見されたとか、生き延びたとは、なっていない。]

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