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2023/08/17

フライング単発 甲子夜話卷之七十 30 越中國の蟒話

[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。句読点の変更・追加と、読み・記号・改行・段落を加えた。]

 

70―30

 邸内の僕(しもべ)に、越中國(えつちゆうのくに)の少年ありて、話せしを、小臣(しやうしん)[やぶちゃん注:静山の下級の家臣。]の物語れるは【言語、鄙陋(ひろう)[やぶちゃん注:見識等が浅はかであること。以下の山名・地名なども、私は六年間、富山に居住したが、不明にして怪しいものがある。嘘臭い話であり、されば、特にそれらは注して突っ込まないことにした。]多し。たゞ聞くまゝに錄せり。】、

「同國に、『白(シラ)かい銀山駒ケ嶽』幷(ならび)に『おすもん山(ザン)[やぶちゃん注:二ヶ所のカタカナは珍しい静山のルビ。後も同じ。]』と云ふ、あり。

 この兩山は、大谷、ありて、溪澗(けいかん)、多し。

 其麓に、『大白川(おほしらかは)』、又、『平瀨』といふ里あり。その里人は、皆、獵夫(りやうふ)にして、日々、山中に入(いり)て、猿・鹿を獲(とり)て、生產とす。

 然(しか)るに、時として、山中に、鹿・猿の無きこと、ありて、生產に乏(とぼ)し。

 この時、獵夫、曰(イフ)には、

『山中、蟒(うはばみ)、來れり。』

と。

 廼(すなはち)、谷間・溪水の邊(あたり)、岸石(きしいし)を窺(うかがひ)みるに、果して、巖穴(いはあな)の内、蟒の居(を)るべき處あり【この猿・鹿の居(をら)ざると云(いふ)は、蟒、來れば、これを、捕喰(とりくら)ひて無きか。又は、これに懼れて逃去(にげさり)て居(をら)ざるか、とぞ。】。

 これを覩(み)れば、率(ひ)き往(ゆ)きし犬の食物(くひもの)を、穴中(あななか)に投ずるに、犬、卽(すなはち)、入りて、喰(くら)ふ。若(も)し、蟒の居《を》る事あれば、犬、敢(あへ)て入らず。

 就中(なかんづく)、牝犬(めすいぬ)は、頻りに、吠(ほえ)て、入らず。

 獵夫、こゝを以て知り、巖前(いはのまへ)に集(あつま)り、棚を構(かまふ)る事、高く、上に、數人(すにん)、登り、穴口に、亂椓[やぶちゃん注:意味不明。「椓」は「打つ・叩く」の意。柴田宵曲の「随筆辞典 奇談異聞篇」では、『乱杭』とする。腑には落ちる。]を樹(うゑ)て防(ふせぎ)とし、夫(それ)より、矩火(かがりび)を多く設け、蕃椒(たうがらし)を炬火に加へて、窟中(あななか)に擲入(なげいる)る。この煙(けむり)を、數人(すにん)して、扇(あふ)ぎ籠(こ)めば、蟒、その毒煙(どくけむり)に咽(むせ)びて、穴底より出(いで)んとす。

 蟒、動く時は、其音、風聲(かぜのおと)の如し。

 然るとき、棚上(たなうへ)の獵夫、預(あらかじ)め設けたる鎗(やり)、或ひは、薙刀(なぎなた)を執りて、待つ。

 瞬時に、亂椓を破らんとするを、群鎗(ぐんさう)、蟒頭(うはばみがかしら)を刺す。

 蟒、尙、ひるまず、首(かうべ)、已に椓を出でんとするとき、薙刀を持(もち)たる者、斬(きり)て、頭を絕つ。

 若し、この如く爲(なさ)ずして、その全身を露(あら)はすに及べば、蟒尾(うはばみのを)、人を拂ひ倒して、勢(いきほひ)、震電(しんでん)の如く、人皆(ひとみな)、これが爲に害せらる。

 因(より)て、この備へをなすと云ふ。[やぶちゃん注:「随筆辞典 奇談異聞篇」では、ここまでで、後をカットしている。]

 又、曰(いふ)。

「蟒の此山に棲むこと、一年に一度、或は、三年にして一度、又は、これを獲る。一年に兩度なることもあり。」

 彼(かの)僕(しもべ)も、

「一たび、目擊す。」

と。

「其狀(かたち)、頭(かしら)は平(ひらたく)、大(だい)にして、蛇と似ず。耳を生(しやう)ず。瑣小(さしやう)[やぶちゃん注:小さいこと。]なり。その長(たけ)、丈餘にして、圍(めぐり)、三尺なるべし。この如きは、蟒の小なる。」

とぞ。

 又、曰(いふ)。

「蟒、肉、食(しよく)すべし。」

 僕(しもべ)も、

「これを食せしに、美味、云(いふ)許(ばかり)なし。」

と。

「但し、味噌に漬(つけ)、三年を歷(へ)たる者、食すべし。一年を經たる如きは、毒ありて、逆上を患ふ。」

と。

[やぶちゃん注:この下部(しもべ)の少年は、恐らく、虚言癖のある人物のように思われ、凡そ、信じ難い。ただ、最後の部分は、思わず、『「新說百物語」巻之三 「あやしき燒物喰ひし事」』を想起した。

 以下、底本では全体が一字下げ。送り仮名の不備はママ。]

 良安が「三才圖」・「本綱」を引(ひき)て云(いは)く、『巨蠎生安南雲南諸處。蚺蛇之類ニシテ而有四足者也。有黃鱗黑鱗二色。能麋鹿。春冬居ㇾ山、夏秋ㇾ水。能ㇾ人。土人殺シテ而食フㇾ之。○又按、蚺蛇本朝深山中有ㇾ之。其頭大圓扁。眼大而光アリ。背灰黑色。腹黃白。舌深紅也。其耳小ニシテ二寸許、形如鼠耳。然ルニ蚺蛇不ㇾ謂有無、未ㇾ審。○「說文」大蛇可ㇾ食と。是ら、見合(みあは)すべし。

[やぶちゃん注:以上の引用は、殆んどが、「和漢三才圖會 卷第四十五 龍蛇部 龍類 蛇類」(リンク先は私の古いサイト版。漢字の不全や学名が斜体になっていないのは、許されたい)の「巨蟒(やまかゞち) おろち」及び「蚺蛇(うはばみ)」からの部分引用である。但し、最後の『○「說文」大蛇可ㇾ食』は私のそこには、ない。「和漢三才圖會」には別な版があるので、そちらに載るか。ただ、実際、中文サイトで確認したが、確かに「説文」にこの記載は、ある。以下、推定訓読を示す。

   *

巨蠎は、安南・雲南の諸處に生ず。蚺蛇(ぜんだ/うはばみ)の類(るゐ)にして、四足、有る者なり。黃鱗(わうりん)・黑鱗(こくりん)の、二色、有り。能く麋(び)[やぶちゃん注:多きな鹿。]・鹿を食ふ。春・冬は、山に居り、夏・秋は、水に居(きよ)す。能く、人を傷(きずつく)る。土人、殺して、之ㇾを食ふ。○又、按るに、蚺蛇は本朝の深山の中に、之れ有り。其の頭(かしら)、大(だい)にして、圓(まる)く、扁(ひら)たく、眼(まなこ)、大いにして、光りあり。背は灰黑色、腹は黃白、舌は深紅なり。其の耳、小にして僅かに二寸許(ばか)り、形、鼠の耳のごとし。然るに、蚺蛇に、耳の有無を謂はざるは、未だ審(つまびら)かならず。○「說文」に『蚺は大蛇。食ふべし。

   *

「三才圖」明の王圻(おうき)の類書「三才圖會」。

「本綱」明の李時珍の「本草綱目」。]

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