譚海 卷之五 八月十五夜月中の水を取て鏡面に鬼形の顏を書し二股の車前子を燈ずる事
[やぶちゃん注:句読点・記号を変更・追加した。]
○八月十五夜、淸光(せいかう)を望みて、水晶にて、月中(げつちゆう)の水をとり、墨に和(わ)し、鏡の面(おもて)へ、鬼形(きぎやう)の顏をゑがき、翌日を待(まち)てとぎ捨(すつ)る時は、常の鏡の如く成(なる)也。然(しか)れども、人、此鏡を取(とり)て見る時は、其人の顏、さながら、鬼形に變じ見ゆる、と云へり。又、「弓の祕傳書に、『車前子(しやぜんさう/おほばこ)の二股に出(いで)たるを取(とり)て、納め置(おき)、蟇目(ひきめ)の時、車前子に油を點(てん)じ、燈(ともしび)となし、照(てら)せば、妖怪のたぐひ、形を、かくす事、あたわず。』といふ事あり。」と、人の語りし。
[やぶちゃん注:本篇は「譚海 卷之二 弓つるの音幷二またのおほばこ鏡面怪物の事」の内容を引っ繰り返しただけで、ほぼ同文に近いものである(一部に違いはある。『車前(をうばこ)の實の二また成(なる)あらば』と言っているところである)。津村は、出版するまで、ダブって載せてしまったことに気づかなかったようである。まず、そちらを読まれたい。七年前の記事で、私自身、すっかり忘れていた。
「淸光」冴えた月の光り。
「車前子」双子葉植物綱シソ目オオバコ科オオバコ属オオバコ Plantago asiatica var. densiuscula の異名。昔よくやった「オオバコ相撲」からスモウトリグサ「相撲取り草」の異名でもよく知られる。当該ウィキによれば、『花茎のほかは茎は立たず』、『地面に埋まっている』。『葉は葉と同じか』、『それより長い葉柄があり、形は楕円形・卵形・広卵形・さじ形で』、『先が鈍く尖り、基部は狭くなって葉柄となり、多くは根生葉で』、『根元からロゼット状に四方に広がり』、『多数』、『出る』。『葉には毛は』、殆んど『生えておらず』、『葉質は厚く』、五~七『条の葉脈が縦に平行に走り、基部に浅い切れ込みがあり、生育状態が良いと葉の縁は波打つ』とあった。
「蟇目」は朴(ほお)又は桐製の大形の鏑(かぶら)矢。犬追物(いぬおうもの)・笠懸けなどに於いて射る対象を傷つけないようにするために用いた矢の先が鈍体となったもの。矢先の本体には数個の穴が開けられてあって、射た際、この穴から空気が入って独特の音を発し、それが妖魔を退散させるとも考えられた。呼称は、射た際に音を響かせることに由来する「響目(ひびきめ)」の略とも、鏑の穴の形が蟇の目に似ているからともいう。ここは従って、弓弦(ゆづる)の音ではなく、飛ばす、その鏑矢の発する音を指しているので注意が必要。
「ひきめの書」そうした鳴弦や蟇目と同様の呪力を持つものとして参考に添えられているのであろう。前記の注で記した古式の蟇目の正式な作法について詳細に記した驚くべき古記録「蟇目之書」(PDF)なるものがネット上にある。必見にして必ダウンロードである!]
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