フライング単発 甲子夜話卷之四十八 25 入眼
[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。句読点の変更・追加と、読み・記号を加え、段落も成形した。標題は「いれめ」と読む。]
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入れ齒と云(いふ)ことは有れど、また、入れ眼(め)と云ことも、有(あり)、とよ。
先年、或る歌妓、その事を語る。
因(より)て、その狀(じやう)を尋ぬれば、或家の奧方、疾(やまひ)を得て、一目(ひとつのめ)、眇(べう)せり[やぶちゃん注:目を悪くすることを言う。ここは以下から、眼球の色がひどく変質して、全く目が見えなくなる重篤な失明に至る眼疾患である。]。
婦人のことなれば、殊に憂へて、眼科に賴んで、治療を求めたるに、毉(い)[やぶちゃん注:「醫」の異体字。]とても、
「囘復の方(はう)、なし。」
と云ふゆゑ、奧方、ますます悶(もだえ)て、强(しひ)て、治療を乞ふ。
毉、
「さらば、『入れ目』を爲(なさ)ん。」
と云て、とゝのひたり。
其の仕方は、目匡(まぶち)の間(あひだ)に、佛工の用ゆる「玉眼(ぎよくがん)」と云ふものを、容(い)るゝなり。
傍人(かたはらのひと)さへも、眞(まこと)の眼と思へり。
かの奧方は、大(おほい)に悅(よろこび)て、知(しら)ぬふりして有りしに、人も亦、知るものなし。
一日(いちじつ)、家、宴(うたげ)ありて、客、群坐(むれま)せしとき、游蜂(ゆうはう)[やぶちゃん注:漢語で「飛び回る蜂」の意。]、ありて、屋内に入る。
坐中、皆、懼(おそ)れ、動きたるとき、蜂、奧方の眼邊(めのあたり)に飛ぶ。
然るに、目、曾(かつ)て逃(まじろ)がず。この時、人皆(ひとみな)、その「入れ目」たるを知れりとぞ。
咲(わら)ふべき話なり。
■やぶちゃんの呟き
「玉眼」仏像を作るために眼球部分に施される、本物の眼のような印象を与える特殊な技法。主に木彫仏像の面部の眼に当たる部分を刳り抜いて貫通させた後、瞳を描いた水晶製の薄いレンズ状にしたものを、面部の内側から嵌め込み、和紙や綿で白眼(しろめ)を造作し、当て木をして、漆や木製の釘などで固定する。現行で知られているものの初めての作例は、仁平元(一一五一)年の奈良天理市にある高野山真言宗釜の口山(かまのくちさん)長岳寺の木造阿弥陀如来両脇侍(観音菩薩・勢至菩薩)像を最古とされるが、鎌倉時代以降、仏像の寄せ木造りが可能となり頭部を刳り抜いて内側から緻密に作成することが出来るようになり、工房の発展とともに技術がいよいよ精緻化した。ここでは、この医師は、それを応用して、精密に疾患眼球の前部全体を瞼の内側で完全に覆う極薄の水晶レンズを彩色成形したものと思われる。
にしても、最後の一言は、ちょっと、大好きな静山にして、言って欲しくなかったな……
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