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2023/08/01

怪異前席夜話 正規表現版・オリジナル注附 巻之四 抂死の寃魂讎を報ずる話

[やぶちゃん注:「怪異前席夜話(くわいいぜんせきやわ)」は全五巻の江戸の初期読本の怪談集で、「叙」の最後に寛政二年春正月(グレゴリオ暦一七九〇年二月十四日~三月十五日相当)のクレジットが記されてある(第十一代徳川家斉の治世)。版元は江戸の麹町貝坂角(こうじまちかいざかかど)の三崎屋清吉(「叙」の中の「文榮堂」がそれ)が主板元であったらしい(後述する加工データ本の「解題」に拠った)。作者は「叙」末にある「反古斉」(ほぐさい)であるが、人物は未詳である。

 底本は早稲田大学図書館「古典総合データベース」の同初版本の画像を視認した。但し、加工データとして二〇〇〇年十月国書刊行会刊の『江戸怪異綺想文芸大系』の「初期江戸読本怪談集」所収の近藤瑞木(みづき)氏の校訂になるもの(玉川大学図書館蔵本)を、OCRで読み込み、使用させて貰った。ここに御礼申し上げる。

 なるべく表記字に則って起こすが、正字か異体字か、判断に迷ったものは、正字を使用した。漢字の読みは、多く附されてあるが、読みが振れると思われるものと、不審な箇所にのみ限って示すこととした。逆に、必要と私が判断した読みのない字には《 》で歴史的仮名遣で推定の読みを添えた。ママ注記は歴史的仮名遣の誤りが甚だ多く、五月蠅いので、下付けにした。さらに、読み易さを考え、句読点や記号等は自在に附し、オリジナル注は文中或いは段落及び作品末に附し、段落を成形した。踊り字「〱」「〲」は生理的に厭なため、正字或いは繰り返し記号に代えた。

 また、本書には挿絵があるが、底本のそれは使用許可を申請する必要があるので、単独画像へのリンクに留め、代わりに、この「初期江戸読本怪談集」所収の挿絵をトリミング補正・合成をして、適切と思われる箇所に挿入することとした。因みに、平面的に撮影されたパブリック・ドメインの画像には著作権は発生しないというのが、文化庁の公式見解である。

 なお、本巻之三は本篇一篇のみが載る。

 標題の「抂死」は、この場合は、尋常・正当でない死を意味している。]

 

怪異前席夜話  四

 

怪異前席夜話卷之四

   〇抂死(わうし)の寃魂(ゑんこん)讎(あた[やぶちゃん注:ママ。])を報ずる話

 享保の頃、北國の士、穗津美官治(ほつみかんじ[やぶちゃん注:ママ。])といふもの、江都(ゑど[やぶちゃん注:ママ。])の藩邸(やしき)に、おもむきける。

 旅途、信州・諏訪の邊(へん)にさしかゝりて、日、既に暮におよびけれは[やぶちゃん注:ママ。]、宿をとり、とまりけるに、その夜、隔壁(となり)の坐敷に、女の三弦を弄(らう)し、曲(うた)をうたへるものあり。

 其声の妙(たへ)なること、梁(うつはり)の塵(ちり)もとび、遊魚(いうぎよ)も出《いで》て聞(きゝ)なんと、おもほえけれは[やぶちゃん注:ママ。]

『定《さだめ》てこれは、七宝帳中(たまのごてん)の花の姿なるらめ。』

と、神魂(こゝろ)、坐(そゞろ)に瓢蕩(ひやうとう[やぶちゃん注:総てママ。])し、垣間見ほしくはおもへども、

『さすかに[やぶちゃん注:ママ。]、士の、他の亭中(ざしき)を覘(のぞか)んも、いかゞ。』

と、おもひ、いろいろ、工風(くふう)をめぐらして、夛葉粉《たばこ》などのみて、しばし考て居《をり》けるうちに、曲(うた)も止み、寂莫(せきばく)として、外(そと)に人のありとも覚へざりしかは[やぶちゃん注:ママ。]、夜、深(ふけ)、人、靜(しづまり)て、潛(ひそか)に起出(おき《いで》)、そつと候(うかゝ[やぶちゃん注:ママ。])ふに、灯(ともしび)、ふきけしてあり。[やぶちゃん注:「坐」は明らかに(へん)に「口」にみえるものが附帯している。「坐」の異体字には「𡊙」があるが、それとは違う。表字出来ないので、通用字とした。]

 心ときめき、徐徐(しづか)に、障子、押明(おしあけ)て入るに、無端(ふと)、かの女か[やぶちゃん注:ママ。]卧(ふし)たる、まくらに、さぐりあたる。

 能(よく)寐入(ね《いり》)しと覚ヘて、鼾睡(いびき)の声、微(かすか)に、脂粉(べにおしろい)のにほひ、鼻を穿(うが)つ。

『たとへ、木人石心(ぼくじんせきしん)なりとも、爰にいたりて、いかてか[やぶちゃん注:ママ。]の毒龍(ほんのう[やぶちゃん注:ママ。「煩惱(ぼんなう)」或いは「本能」の当て訓。])を制せんや。』

と、やかて[やぶちゃん注:ママ。]、夜衣(《よ》ぎ)を、靜(しづか)にひらきて、這入(は《いる》)に、女、おどろき、醒(さめ)て、

「誰(たそ)。何人《なんぴと》や。」

と問《とふ》。

 士、ふるへ聲にて、

「われは隣亭(となりざしき)の旅客(たびかく)なり。嚮(さき)に、君か[やぶちゃん注:ママ。]微妙の声を聞(きく)、戀慕、止(やみ)かたく、『たとひ、誰(たれ)ともしらぬひの、筑紫(つくし)の果(はて)にすむ人なりとも、一樹の影も苟旦(かりそめ)ならぬ深き緣。』と思ひ給ひ、わか[やぶちゃん注:ママ。]一𭴙赤心(《いつ》てんのまこと)を、無下(むげ)に、なしたまひそ。」[やぶちゃん注:「𭴙」「點」(点)の異体字。]

と、やかて[やぶちゃん注:ママ。]女をかき抱(いだ)きしかば、あへておとろき[やぶちゃん注:ママ。]遽(あわて)る光景もなく、燕語鴬(うるわしき[やぶちゃん注:ママ。])声を發して、[やぶちゃん注:「遽」は「グリフウィキ」のこの異体字だが、表字出来ないので通用字とした。]

「屑(をのくづ)ならざる妾(せう)が身を、慕ひ玉わる[やぶちゃん注:ママ。]うれしさよ。妾は、まだ定まれる主もなく、世を萍(うきくさ)の根をたへ[やぶちゃん注:ママ。]て、誘引(さそふ)水を、まつ折(おり[やぶちゃん注:ママ。])なれば、何しに、否(いなみ)侍《はべら》ふべき。但(たゞ)恐らくは、假そめの、御戲(たわむれ[やぶちゃん注:ママ。])の空言(あだしごと)には、非ずや。」[やぶちゃん注:「屑(をのくづ)」「初期江戸読本怪談集」(底本は違う)では、『ものかづ』とルビを起してある。少なくとも、私の底本は(左丁後ろから三行目)頭のルビは「も」には見えない。そちらなら、歴史的仮名遣が誤りとして、「物數(もの[の]かず)ならざる」と解することは可能で躓かないとも思えなくはないが、私は当てている漢字を何故「屑」としたのかに着目して、「斧屑(をのくづ)」と採った。「斧[や鉋(かんな)]の削り屑(くづ)ならざる]の意である。大方の御叱正を俟つ。

といふ。

「いかて[やぶちゃん注:ママ。]戲《たはふれ》侍らむ。われを不信(いつわり[やぶちゃん注:ママ。])と思《おぼ》し給はゝ[やぶちゃん注:ママ。]、暾目(てんとう[やぶちゃん注:ママ。「天道(てんたう)」。])を誓ひに立《たて》ん。」

など、さまさま[やぶちゃん注:ママ。底本では後半は踊り字「〱」。]に汎說(くどき)つゝ、

「鳥羽玉《うばたま》の闇(くら)き夜を、氷人(むすふのかみ[やぶちゃん注:ママ。「結ぶの神」。仲人(なこうど)。])の心して、かくは、斗《たたか/あらが》ひ給ふならん。」

と、悅ひ、ついに比翼の翅(はがひ)を、うちしき、枕かわせし夢のうちに、鷄(とり)もなき、かねも聞ゆる暁(あかつき)にぞ、すこし、睡眠(まどろみ)、起出(おき《いで》て、此とき、はじめて、女か[やぶちゃん注:ママ。]顏を、旭のひかりに見てあれば、妹者(びじん)と想(おも)ひしは、天淵(さうい)にて、両眼、つぶれて、みつちやのことく[やぶちゃん注:ママ。]、髮、あかく縮み、

『無塩・嫫母(ぶゑん・ぼも[やぶちゃん注:ママ。])も、これには過《すぎ》じ。』[やぶちゃん注:斉の宣王の夫人鍾離春こと無塩君と、中国神話の黄帝の妃嫫母。中国では代表的な醜女とされる。]

と、おそろしき斗《ばかり》なる醜惡に、官治は、大《おほい》におとろき[やぶちゃん注:ママ。]、呆れしが、今は曷(いかん)とも爲(す)べき方(かた)なく、さて、かの瞽女(ごぜ)もろとも、早膳(あさめし)のしたゝめし、旅宿を出《いで》て、それより、此女を具して下るに、道すがら、思ふに、[やぶちゃん注:「妹者」は「初期江戸読本怪談集」では「妹」に傍注して『姝』(音「ス・シュ」で「美しい」「美人」の意。)の誤記とする。「天淵」(てんえん)天と淵(ふち)。天地。転じて、「遠く隔っていること・かけはなれていること・相違の甚だしいこと」で「雲泥」に同じ。]

『我、一時(いちじ)の淫欲にて、かゝるふきれう[やぶちゃん注:ママ。]の女、しかも、五官鈌(かけ)たるもの共(とも)しらず、夫婦の契約なせしこそ、悔(くや)しけれ。何とぞ、紿(あざむ)て、道に弃去(すてさら)ん。』[やぶちゃん注:「鈌」は「刺す」の意の他に、「缺」と通字である。]

と、萬方(いろいろ)、謀(はかりこと)を、めくらし[やぶちゃん注:ママ。]けれども、その𨻶(ひま)を得ずして、峽中(きそ)[やぶちゃん注:「木曾」の当て訓。]の桟道(さんとう[やぶちゃん注:ママ。])に、さしかゝる。

 早(はや)、斜輝(ゆふひかり[やぶちゃん注:「夕光」の当て訓。])をかくし、霧、たちおゝひ[やぶちゃん注:ママ。]て、遠近(おちこち[やぶちゃん注:ママ。])、朦朧なるに、もとより、此地は仰顏(あをのけ[やぶちゃん注:ママ。「仰(あふ)のけ。」])は[やぶちゃん注:ママ。]、斷崖、天を揷(さしはさ)み、下を臨めば、幽谷、数《す》百丈にして、底を、しらす[やぶちゃん注:ママ。「知らず」。]。樹木(じゆもく)、生繁(おひしけ[やぶちゃん注:ママ。])りて、人家、なけれは[やぶちゃん注:ママ。]、前後、人の往還、たへたり。

 女、云けるは、

「日、くれぬと、覚へたり。君、はやく、宿につき給わん[やぶちゃん注:ママ。]や。」

 官治か[やぶちゃん注:ママ。]いわく[やぶちゃん注:ママ。]

「此翠嶽(とうげ)を踰(こへ[やぶちゃん注:ママ。])なば、旅宿あるなれは[やぶちゃん注:ママ。]、今、すこし、いそき[やぶちゃん注:ママ。]給へ。」

と、手を携(たづさへ)て、嶺(みね)に、わけのぼるに、また、女のいふ[やぶちゃん注:ママ。]けるは、[やぶちゃん注:「携」は異体字のこれ(「グリフウィキ」)であるが、表示出来ないので、かく、した。後に出るものも同じ処理をした。]

「石、高く、草鞋(わらじ[やぶちゃん注:ママ。])、破れ、足、疼(いた)て、あゆみがたし。少時(しはらく[やぶちゃん注:ママ。])、息肩(やすめ)給へかし。」

 官治、

「げに、われも、倦(くた)びれに堪(たへ)ず。しばらく、爰にて憩(やすむ)べし。」

と、女と倶に、岩頭(がんとう)に、腰、打《うち》かけ、芬(たばこ)などとり出《いだ》し、官治、熟々(つくつく[やぶちゃん注:ママ。]底本では後半は踊り字「〱」。)おもひけるは、

『浩(かゝ)る女を携て、江戶のやしきに至りなば、他人の嗤(あざけり)を如何(いかゞ)にせん。是ぞ、我ために大《おほい》なる孼障(じやま)なれ。不仁(《ふ》じん)のいたりなれども、今、此處に、捨ゆかんには、しかじ。』[やぶちゃん注:「孼」は「わざはひ」(「禍」)の意。]

と、不圖(ふと)、心づきければ、女か[やぶちゃん注:ママ。]背(うしろ)に、たちまわり、なにこゝろなく居《をり》たる所を、おもひかけずも、突(つき)ければ、何かは、暫(しばし)も鼬豫(ためらは)ん、かの千丈の絕壁より、さかさまにおちこちの、たつぎもしらぬ山中に、

「阿(あつ)。」

と、叫(さけび)し声さへも、迥(はるか)下にぞ、聞へたり。

 

Kisootosikettei

[やぶちゃん注:底本の大型画面はこちら。]

 

「今は、こゝろ、やすかりつ。」

と、夫より、道を、いそき[やぶちゃん注:ママ。]つゝ、山路(やまじ[やぶちゃん注:ママ。])を出《いで》て、止宿し、斯(かく)て、行々(いきいき)て、日をかさねるほと[やぶちゃん注:ママ。]に、江戶の邸(やしき)にこそは、いたりけり。

 途中にてかゝる事のありしとは、朋友にも、もの語りせず、包みかくしてぞ、居たりしに、光陰矢のことく[やぶちゃん注:ママ。]、終(つい[やぶちゃん注:ママ。])に一年を、おくりけるか[やぶちゃん注:ママ。]、すでに、仕官の任、滿(みち)て、明年の秋、ふたゝひ、歸國のとき、來りければ、支度、とゝのへ、發足(ほつそく)するに、旅ほど、おかしきものは、あらじ。夜は星を戴(いたゞき)て、やどにつき、暁(あけ)は、霧を拂つて出《いで》、死人(しにん)の床にも卧(ふし)、癘子(らいし)の椀(わん)に、ものくひて、明(あか)しくらして行(ゆく)ほと[やぶちゃん注:ママ。]に、峽(きそ)の桟道(やまみち)にいたりける。

[やぶちゃん注:「死人の床にも卧」「旅宿で急死した旅人の傍らに寝たり」の意であろう。

「癘子の椀」「癘」は流行病(はやりやま)い。女中がそうだったか、或いは、それに罹った同宿人の使った椀で食事をもし、の意であろう。]

 此時、何某の國守(くにのかみ)、就國(にうぶ[やぶちゃん注:「入部」の当て訓。国守に就任して初めて国入りすること。])にて、此邊に止宿(しゆしゆく)あり。

 旅宿、問屋、人、みちみちて、宿中(《しゆく》ぢう)、市(いち)のことく[やぶちゃん注:ママ。]にありける故、宿をかるべき方もなく、日暮、猶、道、遠けれは[やぶちゃん注:ママ。]、せん方なく、山寺(《やま》てら)のあるに、

「是《これ》へなり、押《おし》かけて、今宵は、明し候わん。」

と、門、うちたゝきて、しばらくまちて、裏より、僧、出《いで》て、

「何國(いづく)よりか、わたらせ候。」

と問(とふ)に、いさゐ[やぶちゃん注:ママ。]を、もの語りして、止宿を馮(たの)むに、心よく留《と》めぬ。

 やかて[やぶちゃん注:ママ。]、厨房(くり)のかたにまわり、草鞋を、ときて、上にあかり[やぶちゃん注:ママ。]、見るに、山中の寺なれば、僧、両三人ならでは、なく、折しも、小雨ふり出《いで》て寂漠(つれつれ[やぶちゃん注:ママ。底本では後半は踊り字「〱」。])なるまゝに、爐邊(ろへん)に居集(《ゐ》あつま)りて、夜食を、たべ終りて、種々(しゆしゆ)樣々の浮世の話、江都(《え》ど)の噂も、花(はな)めづらしく、初夜[やぶちゃん注:午後八時頃。]過《すぐ》るまで、もの語りするうちに、住僧の、風圖(ふと)、云けるは、

「此寺中《てらうち》に、怪しきことの、あり。寺僧は、つねに、心得て侍るなれば、驚きもせずといへとも[やぶちゃん注:ママ。]、旅客は、定(さため[やぶちゃん注:ママ。])て、おとろき[やぶちゃん注:ママ。]給ふべきなれば、豫(あらかじ)め、ものかたり申《まうす》なり。去年(きよねん)の秋のはしめ[やぶちゃん注:ママ。]つかた、此山の澗水(たにみづ)のなかに、女のかばね、あり。その粧(よそほ)ひ、岩石に、頭を碎(くだ)き、手足も損じて、朱(あけ)に成《なり》たるが、半分、水に落入(おちいり)てありしを、野樵(きこり)牧豎(うしかひ)の們(ともがら)、見付《みつけ》、

『行路人(ゆきしのひと)の、誤りて、たにに、おち死せしならめ。』

と、哀れみ、此寺に扛(かき)來りて、葬るべきよし申けれは[やぶちゃん注:ママ。]、野衲(われ)も不怜(ふびん)におもひ、寺の後(うしろ)の方《かた》に瘞(うづめ)て、懇(ねんごろ)に吊(とむら)ひけり。その夜より、其墓所(はかしよ)より、燐火(りんくわ)、隱々(いんいん)と、燃出(もへ[やぶちゃん注:ママ。]《いで》て、いと、ものかなしく破(しばかれ[やぶちゃん注:ママ。「しはがれ」。])たる聲して、

『眼(め)なき我を、殘忍(むごく)も殺せしよな。命(いのち)を償(つくの[やぶちゃん注:ママ。])ひ、還(かへ)せよ。』

と叫ぶ声、暁(あけ)にいたりて、止む。每夜、かくのことし[やぶちゃん注:ママ。]。想ふに、是、山道(やまみち)より、投(かげ)おとされて、死せるものならん。ことに、その女、瞽女(ごぜ)と覚へたり。はしめ[やぶちゃん注:ママ。]のほと[やぶちゃん注:ママ。]は、寺中のものとも[やぶちゃん注:ママ。]、怖れ入り、いろいろ、經を誦(じゆ)し、弔ひをなすといへとも[やぶちゃん注:ママ。]、止(やま)ざれは[やぶちゃん注:ママ。]、後(のち)には、つねのことにおぼへて、さのみ懼(おそ)れ侍らず。今宵も、かくこそあるへけれ[やぶちゃん注:ママ。]ば、かねて、心得たまへ。」[やぶちゃん注:「野衲」歴史的仮名遣「やなふ」或いは「やだふ」、現代仮名遣「やのう」「やどう」で、「のう」は「衲」の呉音。「衲衣」(のうえ:僧の着る衣。「襤褸布を綴り合わせて作った粗末な衣」の意の仏教語)の意で、「田舎の僧・野僧」で、転じて、僧が自分をへりくだっていう自称語で「拙僧・愚僧」に同じ。]

と語るに、官治、此話を聞(きく)うちにも、身軀(みうち)、掉栗(おのゝき)て、面色、(かほいろ)、土(つち)のことく[やぶちゃん注:ママ。]、脇のしたより、冷汗を流して、しばし、こと葉も出《いで》さりしか[やぶちゃん注:総てママ。]、纔々(やうやう)に、声、顫わし[やぶちゃん注:ママ。]て、いふは、[やぶちゃん注:「掉栗」は歴史的仮名遣「てうりつ」で、「戦慄する」の意。「掉」(音「トウ・チョウ」)は「振り動かす」の意がある。]

「かゝる叓[やぶちゃん注:「事」の異体字。]を承り、蘊(つゝ)み匿(かくす)べきにあらねば、わか[やぶちゃん注:ママ。]不善を、語るべし。」[やぶちゃん注:「蘊」には「貯える」・「奥底」の意がある。]

とて、去年、此山中にて、瞽女を谷に突落(つきおと)し、殺せる始末を、一々に、さんけ[やぶちゃん注:ママ。「懺悔」で「さんげ」が正しい。「ざんげ」は明治以降のキリスト教の読みとして確定しもので、江戸以前は「さんげ」が正しい用法である。]しけれは[やぶちゃん注:ママ。]、住僧、大《おほき》におどろき、

「汝か[やぶちゃん注:ママ。]惡行、ざんけ[やぶちゃん注:ママ。]のうへは、論じて、益(えき)なし。爰(こゝ)に、指(ゆび)を屈(くつ)すれば、已に期年(きねん)におよべとも[やぶちゃん注:ママ。]、今に怨氣(ゑんき)の消散(しやうさん)せずして、夜每(《よ》ごと)に出《いで》て、命を、もとむることを、罵(のゝ)しる。今宵ぞ、讎人(あだ《びと》)に逢(あひ)ぬれば、定《さだめ》て、冥間(めいかん)、積欝(せきうつ)の寃屈(うらみ)を伸(のべ)んとすらん。宿世(すくせ)の業尹(がういん[やぶちゃん注:ママ。]「業因」。「ごふいん」が正しい。)、いかんとも、なし難し。」

と眉(まゆ)を頻(ひそ)むれは[やぶちゃん注:ママ。]、官治、ますます、怖れ周障(あは)て、淚を流して、いふは、

「此上、せんかた、なし。今は、いかにも、御僧をたのみ參らする。偏(ひとへ)に、我を、救ひてたまへ。」

と膝行頓首(しつこう[やぶちゃん注:ママ。]とんしゆ)、士(し)の礼義[やぶちゃん注:武士の面目。]をうしなひて、只願(ひたすら)[やぶちゃん注:ママ。]に、たのみけるこそ、あわれ[やぶちゃん注:ママ。]なり。

 さすかに[やぶちゃん注:ママ。]、住僧も恤(あはれ)みをなし、

「さわ[やぶちゃん注:ママ。「さは」或いは「さば」。]。」

とて、官治を、ともなひ、おくの方丈に連行(つれゆき)て、「盤若心經[やぶちゃん注:ママ。]」のまきもの、おゝく、とりいたし[やぶちゃん注:ママ。]、官治か[やぶちゃん注:ママ。]五体を纏ひ、両三人の僧、方丈の前に集(あつま)り、燈明を照(てら)し、かの經を、声、たかくと、讀あげけり。

 また、きんむらの健(すこやか)なる農夫を招き、おのおの、棒を、もたせ、庫裏・𢌞廊に充滿し、妖鬼來らば、防(ふせ)がしめんための用意たり。

 官治も、段々、住僧の厚情(あつきなさけ)によつて、少しく、心をやすくし、住僧の世話を、いと、たのもしく思ひけり。

 その夜、雨は、いよいよ、烈しく降來り、山風、つよく吹落(ふきおち)て、外は、もの騷かしき[やぶちゃん注:ママ。]梢の葉音、梵唄(どくじゆのこへ[やぶちゃん注:ママ。])の、耳にもいらざるほどの大嵐。

 蓮漏(とけい[やぶちゃん注:時計。中国で水時計を古くは、かく、表記した。])は、既に、三更[やぶちゃん注:午後十一時から午前一時までの間。真夜中。]を造(つぐ)るころ、寺僧、漸々(だんだん)につかれはて、ねぶり声に成《なり》て、讀經も怠り、燈明、かけ、くらく、靜かになれば、𢌞廊にあるものども、こぶしを曲(まげ)て、うち倒れ、前後も、しらで、寢入たり。

 かゝる折しも、寺のうしろの方に、叫ぶ声するに、官治は、

『是こそ、寃鬼ぞ。』

と、おもへば、尙々、肝をけし、毛越(みのけをたて)、おそれ、を慄(おのゝ[やぶちゃん注:ママ。「をののく」が正しいので、「を」は衍字であろう。])く事、限りなし。

 果して、寺僧のいひつるに違わず[やぶちゃん注:ママ。]

「兩眼、くらき、われなるを、心つよくも、殺せしものかな。命を還(かへせ)々、」

と罵る声、しだいしだいに響き出《いで》て、東に行(ゆき)、西に𢌞り、すてに[やぶちゃん注:ママ。]寺の厨房(くり)のかたにあり。

官治は、魂(たましい[やぶちゃん注:ママ。])、空(そら)に、とび、五體、三萬六千の毛のあな、一同に粟(あわ[やぶちゃん注:ママ。])のことく[やぶちゃん注:ママ。]に起(おこ))り、舌を掉(ふるわ[やぶちゃん注:ママ。])し、歯を咬(かみ)ならせど、寺僧は、みな、卧(ふし)て、いびきのみぞ。

『かゝる寂莫(さみしさ)は、いかにせん。』

と、たゞ、しほしほとして居《をり》たりしうちに、乍(たちま)ち、

「呵々(からから)」

と笑ふ声して、

「嗚呼(あな)、うれしや。今宵こそ、仇人(あた[やぶちゃん注:ママ。]《びと》)に逢(あひ)ぬ。」

と呼(よば)わる[やぶちゃん注:ママ。]、その声、耳に、つらぬきて、霹靂(へきれき)の落(おち)かゝるかと、すさましく覚へけれは[やぶちゃん注:ママ。]、官治、今は耐得(たまり《え》)ず、はしり出《いで》て、寺僧を呼起(よひ[やぶちゃん注:ママ。]おこ)さんとするに、前靣(ぜんめん)、隔(へたて[やぶちゃん注:ママ。])の戶を、蹴(け)はなして、寃鬼の姿、とび入《いり》たり。

「こゝにこそ。」

と、いふもあへず、官治か[やぶちゃん注:ママ。]頭(かうべ)を引《ひつ》つかみ、

「去年(きよねん)の秋をば、わすれしや。」

といふ声、空(そら)に聞《きき》しと、おぼへて、

「阿(あつ)。」

と、叫びて、絕死(せつし[やぶちゃん注:ママ。])する。

 

[やぶちゃん注:底本の大型画面はこちら。]

 

 此ひゞきに、衆僧(しゆそう)は驚き、醒(さめ)て、側(かたはら)を見れば、燈明も、きへて、闇々(あんあん)として、もの云(いふ)者、なし。

 いそき[やぶちゃん注:ママ。]、火を点(てん)じ、村民どもを、皆、起(おこ)し、まづ、方丈に入《いり》て、官治を、たつねる[やぶちゃん注:ママ。]に、いつ地《ち》[やぶちゃん注:ママ。]へゆきけん、形も、見へず。

「外(そと)、覚束(おほつか[やぶちゃん注:ママ。])なし。」

とて、松を㸃(とぼ)して[やぶちゃん注:「㸃」は、底本では、下方の(れっか)が「火」となっている字体である。]、探しゆくに、かの盲女(もうぢよ[やぶちゃん注:ママ。「まうぢよ」が正しい。]を[やぶちゃん注:ルビに送られてある。])埋(うめ)たる塚の、卒塔婆(そとわ[やぶちゃん注:ママ。])のしたに、衣類の裳(もすそ)、見へたり。

 急き[やぶちゃん注:ママ。]、穿(ほり)かへして、塚穴を見たりしに、盲女か[やぶちゃん注:ママ。]尸(かはね[やぶちゃん注:ママ。])は、朽(くち)もやらず、猶、ありしときの姿にて、官治を、かき抱(いだき)き[やぶちゃん注:ママ。ルビの衍字。]、咽杭(のどぶへ[やぶちゃん注:ママ。])を咬付(かみつき)たるまゝ、もろともに、死に居《ゐ》たり。

 是を、みるもの、身(み)を掉(ふる)わし[やぶちゃん注:ママ。]て、おそれ、おのゝかずといふこと、なし。

けにや[やぶちゃん注:ママ。]、因果、車(くるま)の両輪(りやうりん)にひとしく、怨讎(ゑんしう)の聚(あつま)るは、結(むすべ)る水の、陰(かげ)にあるに、ことならず。

 一點の淫欲より、三昧(《さん》まい)の業火(がう[やぶちゃん注:ママ。]くわ)、その身を燒(やき)て、終(つい[やぶちゃん注:ママ。])に冥路(めいろ)の客(かく)と、なる。

 おそれ愼しむべきは、これなり。

 寺僧、せん方なく、ふたゝひ[やぶちゃん注:ママ。]、塚を築(つき)て、官治・盲女か[やぶちゃん注:ママ。]ために、石碑を建(たて)て、懇(ねんごろ)に念佛せしより、再ひ[やぶちゃん注:ママ。]、怪異、更に、なし。

 

 

怪異前席夜話巻之四 終

[やぶちゃん注:本篇は、シークエンスの順序や、一部の展開部を変えてあるが、寛文三(一六六三)年刊の知られた怪奇談集の仮名草子「曾呂利物語」正規表現版 第三 四 色好みなる男見ぬ戀に手を執る事』をインスパイアしていることが、明白である。

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