譚海 卷之五 同所阿蘭陀屋敷冬至祝の事 附くろんぼうの事
[やぶちゃん注:句読点・記号を変更・追加した。標題の「附」は「つけたり」と読む。その部分は、特異的に改行・段落を成形した。]
○長崎のおらんだ屋敷にて、冬至の日は、殊に、祝ふ事とて、一年に一度の大事に、奔走する事なり。先(まづ)、其禮、赤牛を、壹疋、殺して、程々の珍膳に、まじヘ調へ、かびたん[やぶちゃん注:「び」はママ。通常は「かぴたん」で、漢字の当て字は「甲比丹」。ポルトガル語の「capitão」(組織・集団の「長」の意)から出来た和製外来語。長崎の出島にあったオランダ商館の館長を指す。英語の「キャプテン」(captain)と同語源。]をはじめ、外のおらんだ人、椅子に坐(ざ)し、宴(うたげ)をまうけ、此牛肉の、さまざまに調じたるを、鉢に盛(もり)て、中央にすえ、各(おのおの)、銀のはし・匕(さじ)の類(たぐゐ)、鍵(かぎ)[やぶちゃん注:フォークのことであろう。]の類にて、さし、くらひ、終日、沈醉して、興に入(いる)事也。最末に、牛の頭を調味したるを、角、あるまゝにて、鉢に盛(もり)て出(いだ)す。是、殊に、おらんだ人は賞翫(しやうぐわん)する事にて、鍵にて、牛の眼を、引取(ひきぬき)、くらひ、腦肉(なうにく)に至るまでも、殘さず、くらひ盡す也。此邦の人の見るには、忍びがたきものなりと、いへり。
又、おらんだ人のぐし來る、くろんぼといふ者は、長崎旅館へは、常に、かびたんの給仕にあてて、つかふ也。多食なれば、脾胃(ひい)に、もたれて、堪がたきもののよし。一日に、「とうほうじの米」[やぶちゃん注:意味不明。歴史的仮名遣は違うが、「唐焙じの米」か?]にて、にぎりたる燒飯壹ツ宛(づつ)を、一度の食に、くはする也。
此燒飯のな[やぶちゃん注:「名」。]をば、「ぱん」[やぶちゃん注:麵麭(パン)か。]と云(いふ)也。ぱん一つにて、くひたらぬにや、給仕の配膳の時は、先(まづ)、ひそかに、器中(うつわうち)の物を、盜みくふ事、常のこと也。くろんぼは、每日、數度、陰囊を水にて洗ふ事也。少しく怠れば、病人に成(なる)事と、いへり。繪に書たるやうに、眞黑なる人には、あらず、少し、鼠色したる膚(はだへ)のものなり。その國より、買取(かひとり)てくるには、銅板一枚ほどの身の代(しろ)にて、おらんだ、買取くるとぞ。此邦に來りて、銅の藥くわん[やぶちゃん注:薬缶(やかん)。]などの麁末(そまつ)に仕置(しおき)たるを見ては、淚をなかして[やぶちゃん注:ママ。]侮(あなど)ると、いへり。其國にては、なるほど、銅は尊(たつと)きものと、しられたり。