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2023/08/18

柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「寃鬼」

[やぶちゃん注:本書は昭和三六(一九六一)年一月に東京堂から刊行された。この総題の「随筆辞典」はシリーズ物の一書。本書については、初回の冒頭注を、また、作者については、私の『柴田宵曲 始動 ~ 妖異博物館 「はしがき」・「化物振舞」』の私の冒頭注を参照されたい。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを使用した。新字新仮名である。但し、加工データとして、所持する筑摩書房『ちくま文芸文庫』の「奇談異聞辞典」(底本を解題したもの・二〇〇八年刊)を加工データとして使用させて貰った。ここに御礼申し上げる。

 読みが振れる、若い読者が躓くかも知れぬ箇所には《 》で読みを添えた。引用文の場合は歴史的仮名遣を用いた。なお、( )は柴田自身が附したルビである。

 また、柴田のストイックな編集法を鑑み、私の注は、どうしても必要と判断したもののみとした。幸い、有意な部分は私が既に電子化注したものがあるので、それをリンクさせてもいる。但し、この原本は新字新仮名であるため、私が電子化していない引用文の原本に当たることが出来たものは、極力、視認出来るように、国立国会図書館デジタルコレクションや他のデータベースの当該部をリンクさせるように努めた。

 なお、辞典形式であるので、各項目を各個に電子化する。公開は基本、相互の項目に連関性がないものが多いので、一回一項或いは数項程度とする。なお、この話は長い。

 

 寃鬼【えんき】 死んだ後に恨みある者の浮ばれない亡魂 〔燕石雑志巻二〕今はむかし何がしの院なる一僧、秪店(ほしものだな)[やぶちゃん注:古本屋のことらしいが、何故、この「秪」を用いるか、不明。この字は「祗」の代字で使うことがあり、その場合、「うやまう」の意となるから、「古い書を大事にする」という意か。読みの「ほしもの」も判らぬが、「乾し物」ならば、「朽ちかけた湿気た古書を乾す」という意か。]においてふりたる『易経』を購《あがな》ひ得たり。寺に帰りて披閲《ひゑつ》するに、朱をもてこれを註せり。その説一つもとるべきなし。僧掌《たなそこ》を拍(うつ)て大いにあざみ笑ふ程に、その夜俄頃(にはか)に発熱頭痛して病むこと五六日、ほとほと死《しな》んとす。また某《それ》の坊《まち》に儒者あり。一夕《あるゆふべ》その門人某生《なにがし》忽然として来れり。儒生《じゆせい》これを見てふかく怪しみ、子《し》はいぬる月《つき》黄泉《よみぢ》の客となりたるにあらずやと問へば、門人いらへてしかなりといふ。しからば今何の故ありて、かくは訪《と》はるゝやらんと訝《いぶか》れば、門人うち微笑《ほうえみ[やぶちゃん注:原本(文末の私の注を参照)のママ。]》みて、わが易を注せんとして多年苦心したる事は、先生よくしりてぞ坐(おは)すべき、しかるに死後いく日《か》もあらで、妻《め》なりけるをんな、わが所蔵の書籍《しよじやく》を売りにき、易はおのが年来《としごろ》手いれせしものなれば、いとをしく思ひつるに、某《それ》の院の僧秪店において、かの『易経』を購ひ得て、わが説一つもとるべきなしとあざみ笑ふが憎ければ、矢庭に渠(かれ)が頭《かうべ》を打《うち》て懲らす事五六日に及べり、かゝればかの憎今三日ばかりにして、かならず死すべし、先生事に托《たく》して売憎(まいす)が病牀《びやうせう[やぶちゃん注:原本ママ。「びやうしやう」が正しい。]》を訪《と》ひ給へ、面(まの)あたりわが打懲らすを見せまゐらせんといふに、儒生ますます呆れ、しばらくしていへらく、子が憤りは理(ことわり)なれど、かの僧は子と原来(もとより)怨みなし、只その言(こと)の無礼(ぶらい)なるを咎めて、これを殺さば不仁なり、よしや身を殺して仁をなさずとも、子がごときはあまりにしふねし、とくゆるせかしといひ諭せば、門人しばし沈吟して、先生の言《こと》固(まこと)によし、さりとてもわれ今その処を失へり、こゝをもて放しがたしといふ。儒生またいへらく、しからばかの寺に墳墓を建立して得さすべし、その処に処(お)れかしといへば、うけ給はりぬといらへつゝかき消すやうに見えずなりぬ。かくて儒生は、次《つぐ》の日かの寺に至りて、縡(こと)の趣を告げにければ、僧聞きて驚き怕《おそ》れ、やがてその人の墓碑を造立し、いと叮嚀(ねんごろ)に読経などする程に、病《やまひ》やゝおこたりて後《のち》、遂に禍《わざはひ》なしといへり。この事怪談にわたるといへども、更に例の作り物がたりにはあらず。またこれもむかしのことなりし。子どもふたりあるもの、異妻(ことづま)に相馴《あひな》れて、しのびしのびにかよひにければ、嫡妻(ほんさい)これをねたしと思ふ程に、心さへ乱れにけん、夫《をとこ》の出《いで》たる𨻶《ひま》に、まづ五ツなる子を剌しころし、二ツなる子を剌さんとするとき、夫の母外面(とのかた)より帰り来て、この景迹(ありさま)を見て大いに驚き、矢庭に小児をかき抱《いだ》きて、また外面へ走り去《さり》にければ、力及ばで婦(よめ)は忽ちに自殺して失せにき。かゝりしかば、夫もおのが悞(あやま)ちを悔いて、妻の枉死《わうし》[やぶちゃん注:。非業(ひごう)の死。]を哀れみ、後《のち》の事など物するほどに、稺児《をさなご》を養ふにたづきなかりしかば、辰巳《たつみ》[やぶちゃん注:東南。]なる郷(さと)の親族のかたヘ遣して、縡のおちゐるまでともかくもして、養育(はぐくみ)て給はれと頼み聞ゆるに推辞(いなみ)がたく、家に女(むすめ)あれど、いまだ嫁(よめ)らず、孫といふものなかりしかば、近隣に小児あるものの乳汁《ちち》を乞ひつゝ、両三日を過《すぐ》す程に、かの親族の女《むすめ》、夕くれに浴室(ふろや)より帰るとて、途《みち》にかの稺児の母にあひぬ。怪しとおもひて。物をも得いはで足ばやに端るを、こやこやと呼びとゞめ、わが児《こ》の養育《はぐくみ》浅からざるをよろこび聞え、しばしおん身が体を貸し給はれといふ。いよゝ怪しき事限りなけれど、おそろしさにともかくもと諾《うけ》ひて、家に走り帰りしが、その夜《よ》俄頃《にはか》にこゝちわづらはしとて、次の日も起きず。殊に怪しきは、かの稺児が啼泣(なく)ごとに、病人《やむひと》これを抱きあげて乳を含まするに、処女《おとめ》なれど乳汁や出でけん、こゝろよげに吸うて飽くことあるが如し。かくてこの児を賺(すか)しなどするときは、声音《こはね》も面影もその母に似たり。また稺児のよく眠りたる時などには、忘れたるが如くて、物のいひざまも旧《もと》の如し。怪しき事いふべうもあらねば、その児の父にも縡の趣を告げしらし、追薦《ついぜん》の仏事を叮嚀《ねんごろ》にとり行ひ、乳母《めのと》してかの児を養育《はぐくま》せしかば、女の病ひも遂におこたり、後《のち》たえて怪しと思ふ事もなかりしとぞ。ある人むかし目撃したりとて、予〈滝沢馬琴〉に物がたりき。またいづれのおん時、いづれの里にや忘れにけり。市人《いちひと》の妻はじめて子を生みたるが、産後遂に得肥《えひ》だたずして身まかりぬ[やぶちゃん注:「得」は不可能の呼応の副詞「え」の当て字。]。その死《しな》んとするときに、この子には乳母《めのと》して家にて養育《はぐくま》し給へ、里親などいふものにな托遣(たのみつか)はし給ひそと遺言したりけれど、原来《もといり》富むにもあらねば、乳母を置かんやうなくて、里子《さとこ》といふものに遣はす程に、只一夜(ひとよ)を経て、里親その児を送りかへしけり。かゝること三度に及びしかば、いと怪しと思ひて、いかなる故にわが子をかへし給ふにかと問ふに、里親答《いら》へて、この児昼はよくねぶり侍れど、夜は通宵(よもすがら)泣きて暁《あかつき》に及べり、その啼くとき、誰《たれ》とはしらず、外面《とのかた》に女の声して、児の名を呼びはべるなり、かくは怪しき事のある故に、かへしまゐらするにこそといへりしかば、父は忽ちに悟りてふかく悲しみ、これより人の乳をもらひつゝその児を育つるに、怪しと思ふ事なかりしとぞ。こはみな予が親しくきけるところにして、一事《いちじ》も文《ぶん》を餝《かざ》らず。かゝれば世に寃鬼なしともいひがたし。或ひは書籍《しよじやく》を愛惜《あいじやく》し、或ひはその子に愛著《あい》して、魂魄《こんはく》いまだ散滅せず。人に触れて声と形とあるが如し。しかりとも魂魄久しく凝滞《ぎたい》する事あたはず。こゝをもて後《のち》遂に怪しみなし。寃鬼は臨終の余煙《よゑん》なり。みづからもとめて寃鬼となるものにあらず。

[やぶちゃん注:「燕石雑志」は滝沢解(戯作名は曲亭馬琴)が著した随筆。文化八(一八一一)年)刊。全五巻。古今の多岐に亙る事物を、和漢の書籍に拠って考証したもの。国立国会図書館デジタルコレクションの『日本隨筆大成』第二期第十巻(昭和四(一九二九)年日本随筆大成刊行会刊)のここ(右ページ七行目末から)で正規表現の本文が見られる。これ自体は長大な『(十一)鬼神論』の一節である。読みは、かなり難しいので、一部を以上の原本で補った。]

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