譚海 卷之十二 駿河御城杜若長屋の事 (フライング公開)
[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。特異的に句読点・記号の変更・追加と、読みを加え、段落も成形した。]
駿河御城内に、「杜若(かきつばた)」といふ御長屋あり。
爰(ここ)にて「杜若」の謠(うたひ)をうたへば、かならず、あやしき事あり。
よつて、駿河御番の衆(しゆ)には、「杜若」の謠は御法度のよし、御條目の一つに仰渡(おほせわた)さるゝ事也。
[やぶちゃん注:「杜若長屋」現存しない。
『「杜若」の謠』能の曲目。三番目物。五流で現行曲。世阿弥作かとされる。出典は「伊勢物語」の在原業平の東下りの際、三河国八橋で詠んだ「からころもきつつなれにしつましあればはるばるきぬるたびをしぞおもふ」を原拠とする。その「杜若の精」を美しい女人の姿で登場させ、業平を巡る女性像と重ね合わせた能。「伊勢物語」の情緒の濃さと、初夏の季節感の鮮やかさが、映り合って成功した作品。八橋の杜若に見入る旅僧(ワキ)に呼びかけた女(シテ)は、僧を、おのが庵(いおり)へと導く。高子(たかいこ)の后(きさき)の衣装をつけ、彼女の恋人である業平の形見の冠(かむり)を戴いた女は、「伊勢物語」の恋愛絵巻を舞い、歌に秀でた業平を、極楽の歌舞の菩薩と賛嘆し、「草木国土悉皆(しっかい)成仏」の仏力を得て、清澄な世界へと消えていく。草木の精をシテとする謡曲である「梅」・「藤」・「芭蕉」・「六浦」(むつら:紅葉の精)・「墨染桜」・「西行桜」・「遊行柳」(ゆぎょうやなぎ)のなかでも、とりわけ、華麗な幽玄味を持った作品として知られる(以上は小学館「日本大百科全書」に拠った)。しかしこれが、この長屋でタブーであり、謠えば、怪異出来(しゅったい)する理由が全くのブラック・ボックスで、今一、食い足りない。
「駿河御番」主に駿府在番、及び、初期の大番役による駿府定番を指すと考えてよい。ウィキの「駿府城」によれば、『駿府城には、定置の駿府城代・駿府定番を補強する軍事力として駿府在番が置かれた。江戸時代初期には、幕府の直属兵力である大番が駿府城に派遣されていたが』、寛永一六(一六三九)年には『大番に代わって』、『将軍直属の書院番がこれに任じられるようになった。その後約』百五十『年間、駿府在番は駿府における主要な軍事力として重きをなすとともに、合力米の市中換金などを通じて』、『駿府城下の経済にも大きな影響を与えたとされる』。『しかし』、寛政二(一七九〇)年に、『書院番による駿府在番が廃止され、以降は常駐の駿府勤番組頭・駿府勤番が置かれて幕末まで続いた。この駿府勤番組頭・駿府勤番は駿府城代支配の役で、それぞれ御役高』五百』石・御役料』三百『俵と御役高』三百『俵であった』とある。本「譚海」の寛政七(一九七五)年に纏められている。]
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