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2023/09/29

フライング単発 甲子夜話卷之十七 9 岩村侯の足輕善九郞、强性の事

フライング単発 甲子夜話卷之十七 9 岩村侯の足輕善九郞、强性の事

[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。句読点の変更・追加と、読み・記号・改行・段落を加えた。三つの話から成っているので、間を一行空けておいた。「强性」は取り敢えず「がうしやう」と読んだが、別に「がうせい」でも「きやうせい」「きやうしやう」でも問題ない。]

 

17―9

 蕉廬(しやうろ)實家の老臣味岡杢之允と云ふが話なりと云ふ。

 濃州岩村城下、荒市場組(あらいちばぐみ)の足輕に善九郞と云ふものあり。鳥銃(てつぱう)は時に聞えたる打手(うちて)なりしとぞ。

 大圓寺村と云ふには、昔より、首、黑く、形の白き老狐あり。
「常に人を化(ばか)す。」

とて、人々、甚だ怖るゝことなりき。

善九郞、一日、その村に行きて、處々、搜しければ、石の陰より、彼(かの)黑首の狐、頭(かしら)を出(いだ)せり。

 善九郞、大言(だいげん)して、

「おのれ、善九郞を知らずや。今、一打(ひとうち)にこそすべき者。」

とて、玉藥(たまぐすり)込め、一發するに、狐、速(すみやか)に、石の陰に頭を匿(かく)し、砲聲、止むと、また、頭を出だす。善九郞込返(こめかへ)して早打(はやうち)にするに、元の如く、石に隱るゝこと、都合、三度にして、中(あた)らず。

 その時、善九郞云(いふ)やう、

「明日の夕(ゆふべ)又こゝに來らん。必(かならず)、出(いで)よ。」

と、狐に誓ひて、去れり。

 翌日、夕方、善九郞、至れば、昨日の如く、石より、頭を出す。

 善九郞、一發すれば、又、石に隱れて、中らず。

 二發のとき、ねらひたるときの足を、組みかへて、打出(うちだ)しければ、丁(ちやう)ど、一遍、頭を隱して、又、出(いだ)す所の圖になりて、出(いづ)る頭に、其儘、中りけり。

 これより、永く、その地、狐患(こげん)を免れしとなり。

 

 又、或時、山より、狐兒(きつねのこ)を捕へて、家に歸り、調理して喫(きつ)す。

 その親狐、屋上に來りて、悲啼(ひてい)す。

 善九郞、又、

「これを、打たん。」

とて、鳥銃を持出(もちいづ)れば、狐、驚き去れり。

 それより、善九郞が妻に、狐、憑(よ)りて、種々の怪狀(くわいじやう)あり。

 醫藥・祈禱、さらに驗(しるし)なし。

 善九郞、怒りて、その妻を、角場(かくば)へ、つれ出し、[やぶちゃん注:「角場」は坂などの崖下を削って作られた鐵砲の稽古所を指す語。]

「的(まと)にして、打たん。」

とて、既に鳥銃を以て、ねらひよる。

 妻、啼き叫んで、

「免し玉へ、今、立去(たちさら)ん。」

とて、狂走しけるを、追かけて、押(おさ)へ留(と)めければ、

「只今、落行(おちゆく)くべし。但し、この後、狐に返りて、長く打つことを、赦(ゆる)されよ。」

と云(いふ)。

 善九郞、云には、

「何を以て、證(しやう)するや。」

 答ふるに、

「鳥銃にて向はるゝとき、必ず、跡脚(あとあし)を揚ぐべし。そのときは、赦さるべし。」

と請ふ。

 善九郞、然諾(ぜんだく)しければ、狐、すぐに、落ちたり。

 程へて、善九郞、殺生に出(いで)て、暮歸(ぼき)するとき、田疇(はたけ[やぶちゃん注:二字でかく讀む。])に一狐あり。

 鳥銃を以て追へば、狐は、徐々(ゆるゆる)と步(あゆみ)ながら、囘顧して、跡脚を、揚げて、示す。

 善九郞、

「合點ぢや。」

と云ひながら、打斃(うちたふ)しけり。

 その强性(がうしやう)なること如ㇾ此(かくのごとし)。

 

 又、藩士、雉子打(きじうち)に出ける野路(のぢ)にて、善九郞に逢ひ、

「今日は、いかなる日にや、一向に人を寄(よせ)ざれば、一羽も、打得ず。」

と云ふ。

 善九郞、曰(いふ)、

「『ふせて打つ』ときは、必ず、得べし。」

と。

 同行して、一所に到れば、田の中に、雉子、餌(ゑ)をはみて在(あり)しを、

「程遠(ほどとほ)かりければ、何かゞあらん。」

と、士の云ひしを、善九郞は、

「『ふせて打(うつ)』を見られよ。」

と云ひ、士を其所(そこ)に殘し置き、我(われ)一人、鳥銃に玉藥を込(こむ)るや否や、その雉子を注視して、目(ま)ばたきもせずして、進みよる。

 その雉子、立たず。遂に、

「づかづか」

と、近寄りて一打に留(とめ)たりとなり。此(この)『ふせて打(うつ)』と云(いふ)こと、何ごとかは知らねども、譬へば、猫の鼠を捕る如く、始(はじめ)より精神を凝(こら)し、見つめて、目を離さざれば、鳥も、その一念にて、立つことならぬやうになる者なる當(べ)し。鍛鍊の技になりては、神妙のことあるものなり。

■やぶちゃんの呟き

「蕉廬」お馴染みの静山友人林述斎の号の一つであろう。標題の「岩村侯」や「實家」というのは、彼の父が美濃国岩村藩主松平乗薀であったからである。寛政五(一七九三)年、林錦峯の死去で途絶えた林家を継ぎ、幕府の文書行政の中枢として幕政に関与した。号は述斎の他に、蕉軒・蕉隠などがある。

「味岡杢之允」の読みは「あぢをかもくのじやう」或いは「あぢをかもくのすけ」辺りである。

「濃州岩村城」美濃国岩村城は現在の岐阜県恵那市岩村町城山に岩村城址(グーグル・マップ・データ)が残る。北西の麓の盆地が、城下町で、現在の岐阜県恵那市岩村町の中心部に当たる。

「大圓寺村」「ひなたGPS」のこちらで、「大圓寺」の地名が前注の岩村町の中心部から北東の山間への入り口附近にある。

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