フライング単発 甲子夜話卷之三十一 12 獵犬の忠心二事
[やぶちゃん注:現在、作業中である柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」のために必要となったので、フライングして電子化する。句読点の変更・追加と、読み・記号・改行・段落を加えた。二話構成なので、間を一行空けた。]
31-12
筑前秋月の城下より、一里程にして、松丸と云(いふ)處に、十國峠と云(いふ)山あり。
爰(ここ)に、古墳、三(みつつ)あり。
云ふ、一(いつ)は、獵夫(れうふ)、一は、その婦、一は、獵犬の墓と。
そのゆゑは、嘗(かつ)て、獵夫、此處に休らひ居《ゐ》たるに、この犬、獵夫に向ひ、頻(しきり)に、吠(ほえ)て、止まず。
獵夫、怒(いかり)を發し、鳥銃(てつぱう)を以て、打殺(うちころ)す。
そのあとにて、ふと、頭上を見れば、蟒(うはばみ)、樹上より臨みて、獵夫を、吞(のま)んとす。
犬は、これを、告(つげ)たるなり。
獵夫、始(はじめ)て、犬を殺せるを悔ひ[やぶちゃん注:ママ。]、自盡(じじん)せりとぞ。
妻も亦、これを慕ひ、遂に死す。その墓なりと云【秋月の士、僧となり、大道と云(いひ)しが談なり。】。
又、これに似たること、あり。
吾領内、相神浦(あいこのうら)中里(なかざと)村と云(いふ)より、東、行(ゆく)道の傍(かたはら)に小堂あり【吉岡村と云(いふ)處】。
これを「犬堂(いぬだう)」と呼ぶ。
その中には、石を重ねたるのみにて、他物、なし。堂は、これが爲に、建(たて)たるなり。
其故は、嘗(かつて)、獵夫あり、夜、鹿を打(うち)に山に往(ゆ)く。
鹿の來(きたる)を待(まち)て、睡(ねぶり)を催(もよほし)たるに、率(ひき)ひ[やぶちゃん注:ママ。]往(ゆき)し犬は、頻りに吠(ほえ)て、喧(かまびす)し。
叱れども、止まず。
獵夫、腹をたち[やぶちゃん注:ママ。]、卽(すなはち)、犬の首を斬落(きりおとし)たれば、その首、飛揚(とびあが)ると見へ[やぶちゃん注:ママ。]しが、乃(すなはち)、仰見(あふぎみ)れば、大なる蟒、樹上より、垂れ下(さが)りたる、その喉(のどぶえ)に、くひつき、蟒、これが爲に死(しに)たりとなり。
獵夫、因(より)て、その怒りを悔ひ[やぶちゃん注:ママ。]、且(かつ)、犬を憐み、埋(うづみ)て、この堂を建(たて)しとなり。
■やぶちゃんの呟き
「筑前秋月の城」ここ(グーグル・マップ・データ)。
「松丸と云處に、十國峠と云山あり」この「國峠と云山」は、現在の「十石山」である。「ひなたGPS」のこちらで、「松丸」と「十石山」を、戦前の地図と、現在の国土地理院図の両方で確認出来る。そして、サイト「邪馬台国大研究」の「青春の城下町 / 秋月氏時代」のページ二、「十石」の名の由来とともに、何んと! 現存するこの三基の石塔の写真が載る! 是非、見られたい。
「相神浦中里村」「吉岡」「ひなたGPS」のこちらで、「相浦」と「中里村」(現在は長崎県佐世保市中里町(なかざとちょう))と「吉岡」(現在は同市吉岡町(よしおかちょう))の地名を、戦前の地図と、現在の国土地理院図の両方で確認出来る。しかも! 山のしんたろう氏のブログ「させぼばってん」の「犬堂観音堂の六地蔵 吉岡町」で、この「犬堂観音堂」跡の記載があり、現在、二基の地蔵像の写真が見られる! これも、必見!
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