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2023/09/09

柴田宵曲「随筆辞典 奇談異聞篇」 「餓鬼」

[やぶちゃん注:本書は昭和三六(一九六一)年一月に東京堂から刊行された。この総題の「随筆辞典」はシリーズ物の一書。本書については、初回の冒頭注を、また、作者については、私の『柴田宵曲 始動 ~ 妖異博物館 「はしがき」・「化物振舞」』の私の冒頭注を参照されたい。

 底本は国立国会図書館デジタルコレクションのこちらを使用した。新字新仮名である。但し、加工データとして、所持する筑摩書房『ちくま文芸文庫』の「奇談異聞辞典」(底本を解題したもの・二〇〇八年刊)を加工データとして使用させて貰った。ここに御礼申し上げる。

 読みが振れる、若い読者が躓くかも知れぬ箇所には《 》で読みを添えた。引用文の場合は歴史的仮名遣を用いた。なお、( )は柴田自身が附したルビである。

 また、柴田のストイックな編集法を鑑み、私の注は、どうしても必要と判断したもののみとした。幸い、有意な部分は私が既に電子化注したものがあるので、それをリンクさせてもいる。但し、この原本は新字新仮名であるため、私が電子化していない引用文の原本に当たることが出来たものは、極力、視認出来るように、国立国会図書館デジタルコレクションや他のデータベースの当該部をリンクさせるように努めた。

 なお、辞典形式であるので、各項目を各個に電子化する。公開は基本、相互の項目に連関性がないものが多いので、一回一項或いは数項程度とする。

 

 餓鬼【がき】 〔雲萍雑志巻三〕伊勢より伊賀へ越ゆる道にて、予<伝柳里恭>がゆくあとより一人《いちにん》の男、いそぎ来りていふやう、われら大坂の者なり、過ぎこし道にて、餓鬼に附かれしにや、飢ゑて一足《ひとあし》も進み申さず、大いに難渋におよべり、何《なに》なりとも、食類《しよくるゐ》の御持合《おもちあは》せあらば、少しにても給はり候へかしといへり。予心得ぬ事を申《まを》すもの哉《かな》とはおもへど、旅中《りよちゆう》別に食類のたくはへもなければ、刻《きざみ》み昆布《こぶ》のありしを、これにてもよろしきにやととらせけるに、大いによろこびて、直《すぐ》に食したりき。予問ふ、餓鬼のつくとは、いかなるものにてあるぞといへば、こたへて云ふ、目には見えねど、このあたりに限らず、ところどころにて、乞食《こつじき》などの餓死したる怨念、そのところに残り侍るにや、その念、餓鬼となりて、通行《つうかう》の者にとり附き侍るなり、これにつかるゝ時は、腹中《ふくちゆう》しきりに飢ゑて、身に気力なく、歩行《ほかう》も出来がたき事、われら度々なりといへり。このもの薬種を商ひ、諸国に注文を取りに、つねづね旅行のみせしとぞ。世にはさやうの事あるものにや。他日《たじつ》、播州国分寺<兵庫県内>の僧に尋ねけるに、この僧申しけるは、われ若輩のころ、伊予にて餓鬼につかれたる事あり、よりて諸国行脚せしをりは、食事の時に、飯《めし》を少しづつ取りおき、それを紙などへつゝみて、袂に入れ置く、餓鬼につかれたる時、遣《つかは》すためなりといへり。心得がたき事にぞありける。

[やぶちゃん注:「雲萍雑志」「鬼の面」で既出既注。文雅人柳沢淇園(きえん:好んだ唐風名は柳里恭(りゅうりきょう))の随筆とされるも、作者に疑問があり、偽作の可能性が強い。そのために宵曲の割注の頭に「伝」と附されてあるのである。国立国会図書館デジタルコレクションの「名家漫筆集」 『帝國文庫』第二十三篇(長谷川天渓校訂・昭和四(一九二九)年博文館刊)のこちらで当該部が正規表現で視認出来る(左ページ後ろから四行目)。読みは、主にそれに拠った。実は、この話、既に『柳田國男「妖怪談義」(全)正規表現版 ひだる神のこと』の私の注で電子化しており、この擬似的怪奇現象に就いての私の考証も示してあるので、是非、読まれたい。但し、それは、早稲田大学図書館「古典総合データベース」の天保一四(一八四三)年版のこちらを元にしたものであったので、今回は別ソースの上記活字本を示して差別化しておいた。微妙に読み等に異同がある。但し、読み表記は私が正しい歴史的仮名遣に直した箇所がある。]

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